一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

避けようにも帽子を押さえようにも間に合わない距離感。
成すすべなく身構えて肩を(すく)めていると、星崎君は両手で私の帽子を丁寧に整えた。
ほんの少しだけ変わった帽子の位置。
目の前には星崎君の笑顔。
それだけでもドキドキしてしまったのに、

「可愛いんだから、もっと顔出しなよ」
「――っ!?」

不意打ちで殺傷能力の高い台詞を囁かれ、私の心臓が盛大に弾け飛んだ。

火照る頬、硬直する身体、声にならない声。
とても人前に出られる状態では無い。
なんとか気持ちを落ちつけようと懸命に深呼吸を試みていると、慌てた様子の天城さんが現れた。

「こらこら、イチャイチャしない! 愛原さんが可愛いのは分かるけど、口説くなら後にして! 忙しいんだから!」
 
――くどっ!?
 
混乱しながら確認した天城さんの表情は、絵にかいたようなニヤケ顔だった。
この状況を楽しんでいるようにしか思えない。

「ははは、それは残念」
 
星崎君も天城さんの悪乗りにとても楽しそうだ。

「あ、あぁ、あの……」

どうする事も出来ずに首を左右に振っていると、星崎君は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「――なんてね。もやもや、吹っ飛んだでしょ?」
「え?」
「大神の事。自分で何とか出来なくなったらいつでも相談して」

キラッと音が出そうな爽やかな笑顔。

「……う、うん、ありがとう」

確かに、大神君との事は吹っ飛んだけど、別のモヤモヤが発生してしまった。
 
星崎君は眩しすぎる。
イケメンで優しくて――とても遠い存在。

「じゃ、俺は受付だから」

私を翻弄(ほんろう)している事にも気付かず、星崎君は猫耳カチューシャを身に付けて颯爽(さっそう)と教室を出て行った。
すぐさま黄色い声援が響き、女子高生の群れが教室に押し寄せて来る。
天城さんは苦笑しながらも、気合を入れるように腕まくりした。

「頑張ろうね、愛原さん」
「うん……」

緊張の二文字を背負ったまま、天城さんと共に接客に向かう。

一人だけ赤い猫耳付き帽子の私。
接客するたびに帽子の説明を強いられた。
休憩まで体は持つだろうか。

交代時間、早く来ないかな……。

そんな事を思いながら、ふと、時計を眺めた時だった。
教室に異様な空気が漂い出す。
星崎君に歓喜していた女子達が一斉に口を噤んだのだ。
静まり返る教室。
代わりに聞こえて来たのは男子の呟き。

「へー、アイツここにいるんだ?」

見た事の無い制服を(まと)った男子が、荒々しい雰囲気で教室の中を物色していた。

不良――とでも言うのだろうか? 

派手に染められた髪と鋭い目つきに体が粟立(あわた)つ。

出来れば関わりたくないタイプの人だけど、そんな訳にも行かないよね……。

「いらっしゃいま――」
「みーつけた」
「――っ!?」

不良男子はギラギラした瞳で私を捕らえた。