一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「大神くん、これ、どういう事!?」

吐き出す言葉と共に、ポロポロと涙がこぼれている。

「ごめん、俺にも見えてない」
「え?」
「愛原が隠していた猫耳、俺には――いや、誰にも見えてない。そんなもの無いんだよ」
「そんな……大神君まで……」

愛原は持っていた猫耳付き帽子を勢いよくかぶると、逃げるように教室を出て行った。

「待って、愛原!?」

まだ伝えなければならない事が山ほどある。
ここで諦めたら、辛い思いをさせて終わるだけだ。
考えるよりも先に体が動く。
教室を飛び出した俺は、愛原の小さな背中を見失わないように全力で追いかけた。
  
傷つけてしまっただろうか……。
受け入れてくれるだろうか……。
俺を信じてくれるだろうか……。

祈りを込めながら追いかけ続け、辿り着いたのは屋上だった。

夕焼け空の下、愛原は沈みゆく太陽を見つめている。
近づく俺の気配に気づいたのか、僅かに肩が揺れた。

「愛原……」

続く言葉が見つからない。
先に口を開いたのは愛原だった。

「ねぇ、どうしてみんな見えないふりをしてるの?」

まるで太陽と話しているかのように、愛原は俺の事を見ようともしない。

「ふりなんかじゃない。本当にないんだよ」
「でも、私には見える。大神くんにも本当は見えてるんでしょ?」
「……ごめん、本当に見えてない。俺の事、信用してくれないのか?」
「信じたいけど、どうすれば信じられるのか分からないの。だって、私には見えてるから」

吐き捨てるように言うと、愛原は勢いよく帽子を脱いで俺の方を振り返った。

もちろん、猫耳は存在しない。
そこにはただ、夕陽に染まった綺麗な栗色の髪が風に靡いているだけだ。
どうかその事実を受け入れて欲しい。

「じゃあ、星崎や天城は? 愛原の事を目の(かたき)にしてる綾瀬の声だって聞こえてただろ? みんな見えないふりをしてるって言いたいのか? 誰も事情を知らないのに……」
「それは――」

愛原は言いよどみ、俺に胡乱な表情を向けた。
無言の時間は俺に様々な考えを巡らせる。
辿り着いたのは残酷な答えだった。

「そうか、俺が皆にお願いして、見えないふりをさせていると思ってるんだな」
「……ごめん」

気まずそうに再び帽子を被る愛原。
なんて根の深い呪いだろう。
少しずつ積み上げていた愛原との関係が、一瞬にして崩れてしまった。

段々と怒りが湧いてくる。