一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「愛原が着替えて出て来たら、コレ、渡してやってくれ」
「ん? 猫耳カチューシャ? そんなの自分で渡せばいいだろ」
 
星崎は俺の胸に猫耳カチューシャを突き返して来た。
愛原よりも手ごわいかもしれない。
今日は少し意地悪で強引な男になるしか無いな。

「メイド服の愛原と話したくないのか?」
「は? な、何言ってんだお前」

声を裏返させるほどに動揺する星崎。俺はその手に再び猫耳カチューシャを握らせる。

「真面目な話、お前が渡さないと意味ないんだ」
「どういう事だよ」
「それは説明できない。けど、愛原の為なんだ」

ハッキリとしない言葉に、星崎は訝しげに俺を見つめた。

「ちょっと待て、俺、彼女とまともに話した事無いの知ってるよな?」
「あぁ」
「今まで話した事が無い奴が、メイド姿になった途端に近寄って来たら気持ち悪いだろ」

星崎は必死の形相で俺を睨む。
何故だか俺は安心した。

「嫌われたくないって事か?」
「――っ!?」

図星を突かれたのか、星崎は恥ずかしそうにうつむく。

「大丈夫、星崎は嫌われない。嫌われるのは俺の方だから」
「まったく話が見えないんだけど……」
「見えないままで良い、頼む。何も訊かずに頼まれてくれたら、サッカー部の事も考える」

語気を強めた俺に、星崎は険しい表情を向けた。

「なんだよそれ、そこまでの事なのか?」
「あぁ、理由は話せないけど」
「分かった。けど、これで俺が嫌われたら――覚えとけよ」

星崎は俺の胸を軽く殴り、試着会で盛り上がる女子達の輪に向かって歩いて行く。
人気者の登場に、メイド姿の女子達がワラワラと集まって来た。
瞬く間に出来上がったハーレムに、男子達も何事かと集まってくる。
クラスのほぼ全員が一か所に集まった。

これでいい。
これで……。

「愛原さん、着替え終わった?」
「は、はい……」
 
待ち遠しそうに天城が呼びかけると、衝立の向こうからか細い声が響いた。

「じゃあ、チェックするから出て来てくれる?」

衣装担当の女子生徒が声をかけると、メイド姿の愛原が控えめに現れた。固く閉じた手にはルミさんお手製の猫耳付帽子が握られている。

頑張ったな、愛原……。
 
どよめく教室。
それは、愛原がトレードマークである赤い帽子を被っていなかった事と、メイド姿がとても似合っていて可愛かったからだ。

「あ、あの、恥ずかしいんですけど……」
「可愛いから大丈夫だよ。おいでおいで」

天城と衣装担当の女子生徒がメジャー片手に愛原を取り囲む。
その背後では、星崎ファンの女子達が小言を吐いていた。
愛原は気付かないふりをしているようだったが、猫耳付き帽子を抱きしめる手が震えている。