一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「猫耳が生えて来た……と?」
「うん」
 
自信満々の首肯。
俺は我慢できずに吹き出しそうになる。

「――くっ」
「え!? なんで笑うの? 真面目に話してるのに!」
「ごめんごめん、随分と可愛すぎる罰だなって」

笑いをこらえながら話す俺に、愛原は目を見開いた。

「かわ……いい?」
「ん、かわいい」
 
笑顔で返答すると、愛原はそっと俺から距離を取る。

「……大神くんって、そういう趣味の人?」
「さぁ、どうだろう。けど、可愛いのは間違いないし、隠す必要はないと思う。愛原は?」
「え?」
「どうしたいの? その猫耳。この先ずっと帽子で隠し続けるつもり?」
 
笑みを失った俺の問いかけに、愛原は表情を硬くして再び帽子を被った。
余計な事を言ってしまっただろうか。
考え込む愛原の姿に少しばかり後悔していると、

「分かってる、このままじゃダメだって事。でも、何をどうしていいか……」
 
意外にも前向きな言葉を返される。
その声は細やかで消え入りそうなものだったが、向けられた瞳は力強い物だった。

「猫耳、無くしたいか?」
「無くせるものなら。でも、そんな簡単な事じゃ――」
「確かに、ちょん切らない限り難しいかもなー」
「ちょん切る!?」
 
愛原は両手で頭を抑え、涙目で俺を睨める。
威嚇してる猫みたいで再び笑いが込み上げた。

「はは、冗談だよ。確かに、物理的に無くすのは抵抗あるから却下だな」
「じゃあ、どうしたら……」

しょげる愛原。
その姿が可愛くて、リベンジとばかりに頭上に腕を伸ばした。

「無くすことは出来なくても、気にならなくする事は出来るんじゃないか?」
「気にならなく? どうやって? そんな事出来るの?」

訝しげな顔を作る愛原の頭に、念願かなって掌を着地させる。
 
「本当の姿をみんなに認めてもらう――とか?」

愛原の頭をぐりぐりと撫でながら、努めて明るく提案してみた。
静まり返る保健室。
暫く無音の時間を過ごしたのち、愛原は頭上で揺れる俺の腕を引き剥がし振り回した。

「ちょ、ちょっとまって、みんなって誰?」
「クラスの連中」
「――っ!?」

ピンク色だった愛原の顔がどんどん青ざめて行く。
あっという間にこの世の終わりのような表情が出来上がった。

「嫌か?」
「嫌って言うより、怖い……」

俺の腕を掴んでいた小さな手が、落ちるように離れて行く。
脳裏に星崎ファンの姿が浮かんだ。

「確かに、一部厄介な奴らはいるが、それは俺が何とかする」
「でも……」
「全員とは言わない。一人でも良い。必ず受け入れてくれる奴はいるから」
「本当に?」

救いを求めるような、真っ直ぐな愛原の瞳。 
根拠は全く無いが、俺は大きく頷いた。