一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

あの時と同じだ。
猫を死なせてしまった日。
あの時も、お母さんはずっと見守ってくれた。

それなのに私は何一つ変われていない。
変わろうとすらしていない。
最低だ。
 
閉じ込めていた記憶が少しずつこぼれはじめる。
 
耐え切れずにベッドに潜り込もうとしたが、テーブルの上のおにぎりと温かいお茶が私を引き留めた。

ぐるぐるとお腹から悲鳴が上がる。
 
こんな時でもお腹は空くんだね……。
 
自分の感情に素直に従い、テーブルの前に座り込んでお茶を一口啜る。
ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。
 
学校、行きたくないな……。
 
陽が沈み、暗闇に包まれた部屋で一人溜息を吐く。
何となく、光を求めて手を伸ばしたのは、枕元に置いていたスマホ。
 
着信無し。
メール無し。
メッセージアプリはいつものお知らせ。
 
まただ。
また私は期待している。
誰かが連絡をくれるのではないかと、ありもしない事を考えてしまう。
そうだ。
あるわけない。
 
だって、私の連絡先なんて誰も――、
 
僅かな期待に蓋をするように、スマホをベッドへ放り投げようとしたその時だった。
手元が淡い光に包まれ、聞き慣れない着信音が鳴り響く。
 
一気に心臓が早鐘を打ち始めた。

誰にも設定されていない着信音。
恐る恐る画面を確認すると、見慣れない番号が浮かんでいた。

大神君……?

期待が大きく膨らむ。
大神君なら、みっちゃんから番号を聞いてかけて来てくれるかもしれない。
 
でも、違ったらどうしよう。

――なんて、逡巡(しゅんじゅん)したのは一瞬だった。
出なければ切れてしまう。

もし、大神君だったら、ちゃんと話したい。

私はさほど悩まずして電話に出ていた。
期待が勝ったのだ。

「……もしもし」
 
声が震えた。

『もしもし、鈴?』

女性の声。
聞き覚えはない。
誰?

「は、はい、そうですけど……」
 
――まさか、ばらされた? 
 
期待で駆け抜けていた鼓動が痛みに変わった。
相手は何か話しているようだが、小さくて聞こえない。 
 
誰? 誰? 誰?

『私、小学校の時――』
「――っ!?」

慌てて通話を切った。
でも、もう止まらない。
蘇る事故の記憶。
心の奥底に終い込んでいた辛辣な言葉が、次々とあふれ出した。

『どうして鈴ちゃんだけ?』
『鈴ちゃんが殺したんだって』
『あの子を返してよ!』

違う、あれは私のせいじゃない!
 
記憶と戦う私の手の中で、スマホが再び着信を知らせる。
先ほどとは違う番号に鳥肌が立った。
 
どうして知らない人から電話が来るの?

やっぱり、帽子の秘密を知られてしまったんだ。
言われる事は分かってる。