一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「――み、大神」
「んー?」

瞼を持ち上げると、決意溢れる星崎の瞳が俺を捕らえていた。

あぁ、もう授業が終わったのか。

ゆっくりと教室全体を見渡す。
愛原の姿は無かった。
眠い目を擦って立ち上がると、星崎に通せんぼされてしまう。

「お前、夜遊びでもしてんの?」
「遊んでは無いが歩き回った。死ぬほど疲れてる」
「そうか、それは困ったな……」
「なんで俺が疲れるとお前が困るんだ?」
「サッカー部連れて行こうかと思って」

またかよ。
諦めの悪い奴だ。

「悪い、帰る」
「なぁ、いつになったらサッカー部入ってくれんだ?」
「入るなんて言った覚えは無い」
「どーせ帰っても寝てんだろ?」
「いや、寝るんじゃない。寝貯めだ」
「あのなぁ……」

呆れ顔の星崎を置き去りにして教室を出る。
俺には部活に入って青春を謳歌(おうか)している暇なんて無いんだ。
アイツを見つけるまで、俺は何かに打ち込む事なんて出来ない。
 
けど――

「星崎、お前さ――」

思い立って踵を返すと、星崎は期待に満ちた眼差しで駆け寄って来た。

「なんだ? 入部する気になったか?」
「いや」
「即答かよ。んじゃ、何?」
「愛原の――友達になってくれないか?」
「は?」
 
愛原の名前を出した途端、星崎の表情が激しく歪む。

「俺、何か変な事言ったか?」
「変な事って言うか、友達って他人が頼んでなる物なのか?」
「……なるほど、確かに。悪い、忘れてくれ」

納得して歩きはじめると、今度は星崎が俺を呼び止めた。

「お前は愛原さんの友達じゃないのか?」
「俺? 俺は――」

なんだろう。
 
改めて考えると良く分からない関係だ。
友達と呼べるほど、俺は愛原の事を知らない。
愛原も俺の事を知らないだろう。
 
俺が最低最悪な人間だって事も……。
 
そうだ、そもそも俺には友達を作る資格なんて無かった。
今、こうして話している星崎とだって、友達にはなれないのだ。

「おいおい、そんな真剣に考える事か?」
 
星崎は呆れを通り越して笑っている。
これ以上星崎を失望させたくはないが、答えを求める眼差しが俺の心を揺さぶった。

「――俺は、愛原の友達にはなれない」

一瞬の沈黙の後、星崎は顔をしかめて首を傾げる。

「どうして?」
「どうしてって……」
 
思うように言葉が出なかった。
その答えは、俺と友達になりたいと思ってくれている星崎を傷つける物だから。
きっと正直に話しても、星崎なら友達になってくれるだろう。
出来る事なら俺も星崎と友達になりたい。
けど、全てを受け入れてもらえる覚悟は無かった。
 
噂通りの悪い奴だと言う事を……。
 
言い淀む俺に、星崎は諦めの表情を浮かべる。

「なるほど、訳ありって事だな。いいよ、聞かなかった事にする」

濁りの無い柔らかな声が教室に広がった。
全てを許してくれるような、優しい声音。