「きゃぁぁぁ!」
恐怖で叫んだ私の声に男は目を覚まし、ムクリと体を起こす。
ど、どうしよう。警察! 警察って何番だっけ? その前にみっちゃんどこ!?
一人狼狽する私を余所に、男は恍けた表情で小首を傾げる。
「んー? 愛原?」
「え……?」
どうして私の名前を?
それに、強面な見た目に反して何だか……あれ、この人……。
緩慢な喋り方と、犬の耳のように跳ね上がった寝癖が私の恐怖心を取り除いた。と、同時に彼の正体に辿り着く。
授業中も休み時間も眠そうに机に突っ伏し、お昼はどこかに消え、放課後はさっさと帰ってしまうクラスの一匹狼的存在。
「お、大神君!?」
な、なんでここにいるの!?
みっちゃんの家の居間で昼寝をしていたのは、クラスメイトの大神優牙君だった。
状況が飲み込めず、寝ぼけまなこの大神くんを見つめていると、
「たっだいまー、あら、野菜がいっぱい! 鈴が来たのかしら?」
玄関先から馴染みのある声が聞こえ、転びそうになりながら長い廊下を駆け抜けた。
「みっちゃん!」
「やっぱり来てたのね。この野菜の山はいつものおすそ分け?」
みっちゃんは綺麗に切りそろえられたショートヘアの中から、玉のような汗をダラダラと流している。
また、いつものように自転車で爆走したのだろうか。
体力を消耗しているみっちゃんの代りに、私は買い物袋を再び持ち上げた。
「うん、お母さんが仕事先で沢山もらったからって――って、そんな事より大変だよ!」
台所に入るなり隣の居間に視線を向けるが、大神君の鋭い目つきに体がすくむ。
見られている事に緊張して佇んでいると、あっという間に両手の買い物袋がみっちゃんに持ち去られた。視界に入っているはずの大神くんの存在も、当たり前のように受け入れている。
「ねぇ、みっちゃん。どうして大神くんがここにいるの!?」
そう言いながら腕にすがってみるが、みっちゃんは買い物袋の中身が気になるようで、私の方には見向きもしない。
「あら、大神君と友達なの?」
「ううん、話した事は無いけど、同じクラスで……」
「そうだったの。それは良かったわ」
「よ、良かったって何が?」
物凄く嫌な予感がした。
「大神くんのお母さんとは古い友人でね、高校を卒業するまで下宿させる事にしたのよ」
「下宿!? どうして!?」
「実家から通うにはちょっと遠いのよ。せっかく早起きしても、授業中に寝ちゃったら意味ないでしょ」
「……そう、なんだ」
私の居場所が奪われてしまったようで、とても悲しくなった。
けれど、ここは「みっちゃん」の家で、大神君を下宿させる事を決めたのは「みっちゃん」なのだ、私が口を出す権利はどこにもない。
私の気持ちを知ってか知らずか、みっちゃんはご機嫌で野菜の品定めをし、力強く頷く。
「よし、カレーにしよう!」
急遽決定した夕飯の献立に、大神君のお腹がぐるぐると悲鳴を上げた。
「カレー……好きです」
恥ずかしそうな大神君。
みっちゃんはクスッと笑ったが、私はますます居場所を失ったような気がして、素直に笑う事が出来なかった。
「鈴も夕飯食べて行くでしょ? 手伝ってくれる?」
「ごめん、みっちゃん。私は野菜を届けに来ただけだから帰る! じゃあね」
「え? ちょっと――」
「あ! 靴!」
私は縁側から飛び降り、ダイフクの頭を一撫ですると、急いでみっちゃんの家を後にした。
どうして、どうして――。
恐怖で叫んだ私の声に男は目を覚まし、ムクリと体を起こす。
ど、どうしよう。警察! 警察って何番だっけ? その前にみっちゃんどこ!?
一人狼狽する私を余所に、男は恍けた表情で小首を傾げる。
「んー? 愛原?」
「え……?」
どうして私の名前を?
それに、強面な見た目に反して何だか……あれ、この人……。
緩慢な喋り方と、犬の耳のように跳ね上がった寝癖が私の恐怖心を取り除いた。と、同時に彼の正体に辿り着く。
授業中も休み時間も眠そうに机に突っ伏し、お昼はどこかに消え、放課後はさっさと帰ってしまうクラスの一匹狼的存在。
「お、大神君!?」
な、なんでここにいるの!?
みっちゃんの家の居間で昼寝をしていたのは、クラスメイトの大神優牙君だった。
状況が飲み込めず、寝ぼけまなこの大神くんを見つめていると、
「たっだいまー、あら、野菜がいっぱい! 鈴が来たのかしら?」
玄関先から馴染みのある声が聞こえ、転びそうになりながら長い廊下を駆け抜けた。
「みっちゃん!」
「やっぱり来てたのね。この野菜の山はいつものおすそ分け?」
みっちゃんは綺麗に切りそろえられたショートヘアの中から、玉のような汗をダラダラと流している。
また、いつものように自転車で爆走したのだろうか。
体力を消耗しているみっちゃんの代りに、私は買い物袋を再び持ち上げた。
「うん、お母さんが仕事先で沢山もらったからって――って、そんな事より大変だよ!」
台所に入るなり隣の居間に視線を向けるが、大神君の鋭い目つきに体がすくむ。
見られている事に緊張して佇んでいると、あっという間に両手の買い物袋がみっちゃんに持ち去られた。視界に入っているはずの大神くんの存在も、当たり前のように受け入れている。
「ねぇ、みっちゃん。どうして大神くんがここにいるの!?」
そう言いながら腕にすがってみるが、みっちゃんは買い物袋の中身が気になるようで、私の方には見向きもしない。
「あら、大神君と友達なの?」
「ううん、話した事は無いけど、同じクラスで……」
「そうだったの。それは良かったわ」
「よ、良かったって何が?」
物凄く嫌な予感がした。
「大神くんのお母さんとは古い友人でね、高校を卒業するまで下宿させる事にしたのよ」
「下宿!? どうして!?」
「実家から通うにはちょっと遠いのよ。せっかく早起きしても、授業中に寝ちゃったら意味ないでしょ」
「……そう、なんだ」
私の居場所が奪われてしまったようで、とても悲しくなった。
けれど、ここは「みっちゃん」の家で、大神君を下宿させる事を決めたのは「みっちゃん」なのだ、私が口を出す権利はどこにもない。
私の気持ちを知ってか知らずか、みっちゃんはご機嫌で野菜の品定めをし、力強く頷く。
「よし、カレーにしよう!」
急遽決定した夕飯の献立に、大神君のお腹がぐるぐると悲鳴を上げた。
「カレー……好きです」
恥ずかしそうな大神君。
みっちゃんはクスッと笑ったが、私はますます居場所を失ったような気がして、素直に笑う事が出来なかった。
「鈴も夕飯食べて行くでしょ? 手伝ってくれる?」
「ごめん、みっちゃん。私は野菜を届けに来ただけだから帰る! じゃあね」
「え? ちょっと――」
「あ! 靴!」
私は縁側から飛び降り、ダイフクの頭を一撫ですると、急いでみっちゃんの家を後にした。
どうして、どうして――。
