一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

みっちゃんの愉しそうな声が聞こえたと同時に、豆腐が潰れる感覚が掌に広がる。

こんな気持ちのまま二人きりになるなんて無理!
絶対無理!
 
半分潰れた豆腐を乱暴にザル入れ、玄関に向かった。
そして我に返る。
何も考えずに勢いで出て来てしまった。
大神君の顔を見る事が出来ず、助けを求めてみっちゃんを見つめるが、

「じゃ、そういう事だからよろしくねー」

急ぎ足で台所へ逃げられてしまう。
どうしよう。
噂話の真相を確かめたいけど、二人きりはちょっと……。

「あ、あの、大神君疲れてるみたいだし、家は直ぐ近くだから送ってもらわなくても大丈夫だよ」
「いや、疲れてない。それに、近くても夜道は危ない」
「で、でも――」
「愛原、俺の事が怖い?」
「え……」
「中学の時の話、聞いたんだろ?」
「――っ!? ごめん」
 
一瞬でも怖いと思ってしまった事に罪悪感が生まれ、勢いで謝ってしまう。

何やってんだろう、私。

無言で俯き、大神君の返事を待った。
きっと、嫌な思いをさせたに違いない。
 
そう思っていたのに――。

「正直でよろしい」

柔らかな言葉と共に、帽子がほんのり暖かくなる。
予想外の出来事にゆっくりと顔を上げると、大神君の手が私の頭に乗っかっていた。

「えっと……その……」
「噛みついたりしないから家まで送らせて、じゃないと俺がおじさんに噛みつかれる」

安心させるように微笑み、私の頭を優しく撫でる大神君。
その瞳はとても穏やかで、断る理由が見つからなかった。

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
「はい、任されました」
 
大神君は満足気に頷くと、笑顔で居間の方へ去って行く。
その後ろ姿は、みっちゃんが言うようにどこか疲れが見えた。

学校で何かあったのかな……。

帽子を被り直しながらぼんやりしていると、土鍋を持ったみっちゃんに急かされる。

「鈴、食器お願い」
「うん……」

生返事をしながら台所へ向かい、三人分の食器を集めて居間に向かった。
大神君は待ちきれない様子でお肉を見つめている。
隣には出番を待つ潰れた豆腐。
私が潰した豆腐。
薄れかけていた気まずさが蘇る。
 
やっぱりダメだ……。
気になって鍋どころでは無い。
 
落ち着かない気持ちのまま、鍋奉行(なべぶぎょう)と化したみっちゃんの助手を務めていると、

「ルミさん、あの――」

大神君が私の事を気にしながらポツリと呟く。