一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「おーい、おおがみぃー」
「……ん?」

誰かに呼ばれた気がして体を起こす。
声の主を探していると、苦々しい顔の星崎と目が合った。

「お前よく寝るなー、もう放課後だぞ」
「放課後? そうか、いつの間にかマジで寝てたのか――って、愛原は!?」

覚醒した勢いのまま立ち上がる。
椅子と机がぶつかる音が響き、一気に眠気が飛んだ。

「いないよ。帰ったんじゃないか? 鍋の準備もあるだろうし」
 
そう言われ、教室の壁掛け時計を確認する。
今から帰っても、愛原と話す時間は無さそうだ。
 
今夜の鍋は気まずい空気で囲むのか……。
 
お通夜状態の夕飯を覚悟し、ゆっくりと席に座り直す。
星崎も近くにあった席に腰かけ宙を見つめた。

「まさか、下宿先が愛原さんのお婆ちゃん家とはなー、びっくりびっくり」
「俺の親と友達らしい。っていうか、びっくりしたのは俺の方だ。ルミさんの知り合いだったとは……」
「あー、聞こえてたのか」
「ごめん」
「別に隠してる訳じゃないから良いよ。けど……」
 
言葉を飲み込み、瞼を伏せる星崎。
その横顔が鬱々としていて、何を言い淀んでいるのか聞く事が出来なかった。
無言の時間。
場を和ませようにも気の利いた言葉が浮かばない。

俺の中にある陽気な言葉と言えば――

「お前、熟女が好きなのか?」
「山本みたいな事言うなよ……」
 
星崎の呆れ顔に、自然と俺も笑顔になっていた。

「あのさ……」

雰囲気が緩んだせいか、喉につっかえていた疑問が口から零れかける。
慌てて飲み込むと、星崎が嬉しそうに微笑んだ。

「何か聞きたい事があるならどーぞ」
「いや、いいよ……っていうか、なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「大神が俺に興味持ってくれてるから」
「そんなつもりは無い」
「だったら何を言おうとしたんだよ」
 
整った唇がへの字に曲がり、眉間にシワが集まる。
これ以上表情を崩されるのが怖くて、白状する事にした。

「愛原の事、随分気にかけてるみたいだったな」
「んー、まぁ、ちょっと話したい事があって、でも俺、人見知りだからさー」

気だるげに答える星崎。
俺は勢いで殴りそうになった。

「は?」
「は? ってなんだよ」
「お前のどこが人見知りなんだ? 入学早々、俺にガンガン話しかけて来ただろ」
「それはお前が男だから」
「あぁ、そうか、俺がおと――」

何を言ってるんだ?
それって、まるで……。

それ以上の言葉を続けて良いのか考え込んでいると、星崎が恥ずかしそうに目を逸らす。

「女子と話すのが苦手なんだよ」
「……ウソだろ」
「……本当」
「でもお前、時々女子に囲まれて楽しそうに話してるだろ」
「ははは、あれね、実は心臓バクバクで殆ど覚えてない」
 
はにかむ星崎。
嘘を言っているようには見えないし、嘘を吐くメリットが一つも無い。
どうやら本当のようだ。
だとしたら、さっきの噂話も納得できる。

「なるほど、それで告白して来た女子を振りまくってるのか」

ワザとらしく満足気に唸ると、星崎が目を丸くして俺を見つめた。