一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「鈴、そろそろ帰るぞー」
「分かった。ちょっと待ってて」

そう言って、台所から出て来た愛原の表情がとても暗い。
一瞬だけ目が合った気がしたが、直ぐに玄関の方へ逃げられてしまった。
 
まさか、さっきの会話が聞かれていたのか?

いそいそと帰り支度をする愛原に、声をかけるか迷っていると、

「パパさん、これ持って行って、残り物で悪いけど、明日の朝ご飯くらいにはなると思うわ」

ルミさんの登場でタイミングを逃してしまった。
おじさんは渡された保存容器に狂気乱舞する。

「残り物だなんてとんでもない。ごちそうですよ! ありがとうございます!」
「そんな大げさよ。あ、そうそう、明日から鈴の分のお弁当、大神君に持たせるから」

ルミさんの視線がおじさんから俺に移った。

「え? えーっと、はい……」

なるほど、愛原がそっけないのは弁当のせいか。
まぁ確かに、今まで接点の無かった俺達が、いきなり弁当の受け渡しなんて始めたら注目の的だよな。

俺は別にかまわないが、愛原は嫌だろうな……。
 
居てもたってもいられず、急いで玄関へ向かった。
背後では、ルミさんとおじさんがお弁当談義に花を咲かせている。
二人の楽しい会話が終らない事を願いながら、靴を履く愛原の背後に立った。
 
「愛原、お弁当の事なんだけど……」
「ごめんね。断ったんだけど、みっちゃん強引だから」
「いや、俺は別にかまわないよ。けど、愛原が嫌なら俺からルミさんに――」
「大丈夫だよ」
 
愛原は俺に背を向けたまま、溌剌(はつらつ)とした返事をする。
だが、靴はもう履き終わっているはずなのに、こちらを向く気配は無い。

「そうか……」
 
返せるのは頼りない言葉だけ。
それ以上会話の糸口を見つけられずに佇んでいると、

「お待たせ、帰ろうか」

おじさんがルミさんを(ともな)って現れた。
その瞬間、愛原が待ち構えていたかのように勢いよく立ち上がり、笑顔で振り返る。

「みっちゃん、今日はありがとう。また明日もよろしくね」
「えぇ、待ってるわ」
「じゃあ、私、ダイフク撫でて来るから先に出るね」
 
そう言うと、愛原はあっという間に出て行ってしまった。
 
これは、避けられているのか?
 
別れの挨拶も出来ず唖然としていると、おじさんが俺の肩を優しく叩く。