一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

ネクタイの色が自分と違う。

先輩だ。
しかし、今更引く訳に行かない。

「お前誰だよ。その子の何?」
「俺は――友達です」
 
そう告げると、先輩達は沈黙した。
愛原は目を見開き困惑の表情を浮かべている。
言った本人である俺も、こそばゆくて落ち着かなかった。
そんな俺達を見透かしたかのように、先輩が大声で笑い出す。

「――っははは、お前らが友達? 冗談だろ」

やっぱ、無理があったか。
 
けれど、こんなに笑われるのは心外だ。

「あの、笑ってないで謝ってもらえますか?」
「は? 何でだよ」 
「ぶつかったのはお互い様だと思うので」
「お互い様だぁ?」
 
先輩は眉間にシワを貯めて距離を詰める。

これはもしかしたら殴られるパターンか!?
だが――、

「ま、待て!」

背後に控えていたもう一人が、切羽詰まった声を上げた。
歩みを止められた先輩は、不機嫌そうに踵を返す。

「何ビビってんだよ。コイツ一年だぞ」
「そうじゃなくて。そいつ、噂になってた大神だ。ほら、中学の時に――」

俺は反射的に話を遮るように睨んだ。
先輩達は肩を震わせ言葉を飲み込む。

無事、口封じに成功した。

俺の横では愛原が不思議そうに首を傾げている。
まだ、愛原の所まで噂話は届いていないようだ。
一方で、目の前の先輩は思い当たる事があったらしく、その表情は引きつっている。

「お前が大神ってマジ?」
「マジです。ついでに噂も本当です」
 
ワザとらしく満面の笑みを浮かべてみせると、先輩達は散乱している紙束を段ボールに戻し、謝罪の言葉を叫びながら去って行った。

やれやれ。
俺の良からぬ噂が流れている事は気付いていたが、ここまで威力があったとはな。

グッジョブ、俺の過去。
これなら報復もなさそうだ。
一つ気がかりな事があるとすれば、いずれこの噂が愛原の耳に届く事だが……。

「あ、あの、大神君。ありがとう」

愛原が遠慮がちに俺を見上げている。
その瞳は、先輩達に向けられたものと変わらなかった。

噂話の説明をしている場合では無いな、これは……。

「いや、たまたま通りかかっただけだから――よいしょっと」
 
俺は愛原を怯えさせないように爽やかに振る舞い、足元の段ボールを持ち上げる。

「え? あ、あの、それ、私が――」
「資料室?」
「う、うん、そうなんだけど、ちょっと待って――」
「ん?」
「砂、落とさないと……」
「あぁ、そっか」
 
近くのベンチに段ボールを置くと、愛原は無言でファイルの砂埃を落とし始める。倣うように手伝いを始めた俺に、愛原は気まずそうに「ありがとう」と呟いた。
 
これは親睦を深めるチャンスでは?