「それより知ってるか? トーラ」

 急に、イリアスの顔が興奮気味に輝いた。

「なんだ?」
「聖女様の噂だよ」
「!」

 危うく飲み込んだ硬いパンが変なところに入りそうになった。

「う、噂って?」

 訊くとイリアスは声をひそめ続けた。

「聖女様は実はとっくにこの国に現れていて、でも事情があって姿を隠してるんだと」
「へぇ……」

 当たっている。
 出どころが気になる噂だった。

(あいつか?)

 私のことを知るのはあのラディスだけだ。
 しかし聖女に頼るつもりはないと言っていたあいつが今更その話を誰かにするだろうか。

「そりゃ見つからないはずだよなぁ。……なんでだと思う?」
「え?」
「なんで聖女様は姿を現わさないんだと思う?」
「……面倒そうだから?」

 私が答えるとイリアスはガクっと肩を落とした。

「なんだそりゃ。伝説の聖女様が面倒そうなんて考えるわけねーだろうよ」