(女将さん、元気かな)

 トーラの姿で会いにいくわけにも行かず、遠目にその姿を確認したのはいつだったろうか。
 女将さんはヴィオーラさんといい、40代ほどの気の良いサバサバとした女性だ。
 時間があったら色々と話したいけれど、用件だけ話したらすぐに戻らなければならない。

(近況とか訊かれても、男装して騎士目指してます! なんて話せるわけないしなぁ……)

 賑やかな大通り沿いにあるその宿が見えてくると、丁度店の前に女将さんの姿があった。
 誰かと話しているようだが、その相手はひさしの影になっていてここからではよく見えない。
 話し中に申し訳ないけれど仕方がないと、私は少し離れた場所から声を掛けた。

「ヴィオーラさーん!」

 女将さんがこちらを振り返り、手を振りながら駆け出すと彼女はその目を大きくした。

「トーカ?」
「……藤花?」

 ――え?

 女将さんとほぼ同時に私の名を呼んだのは、女将さんの話し相手で。
 その声を聞いて、心臓が飛び上がった。
 その顔を見て、ドッと冷や汗が出た。
 格好がいつもに比べて大分ラフだから全然気付かなかった。

「ラ、ラディス……?」

 ――最っ悪だ。
 なんでラディスがここにいるんだ。

「なんで、ここに……」

 後退りしながら掠れた声で訊くと、彼の眉間の皴が更に深くなった。

「それはこちらの台詞だ。なぜお前がここにいる」
「……っ」

 思わず、私は回れ右をして逃げ出していた。