柱:夜/市内・ダイニングバー・合コン会場

ト書き:キャンドルが灯されたおしゃれなダイニングバー。暖色の間接照明がゆらめき、大人っぽい雰囲気が漂う。数人の男女が、奥のテーブルで笑いながら話している。

葵(モノローグ)
(来なきゃよかった……)
(というか、なんでわたしが合コン……)

ト書き:主人公・橘 葵(たちばな あおい)、大学3年。彼女はテーブルの端っこで、やや落ち着きなくグラスの氷をカランと回していた。緊張からか、少しうつむき気味。

陽菜(セリフ/小声で)
「葵、ほら、こっちこっち。緊張しすぎ。ちゃんと“出会い”は顔から始まるんだぞ?」

葵(セリフ/顔を赤くして)
「言い方よ……。顔ってなに、顔って」

陽菜(セリフ)
「だって、そろそろいい人見つけないと社会出たら出会いないよ? “大学のうちに彼氏つくれ理論”はまじで真実」

ト書き:苦笑しながら葵が視線を上げると、向かいの男性と目が合う。無口そうで、グラスを傾ける仕草も落ち着いている。スーツに近いジャケット、シャツの襟元がきちんと整えられていた。

陽菜(セリフ)
「あ、湊くん紹介してなかったよね。相楽 湊(さがら みなと)くん。うちのゼミの先輩。あんま喋らんけど、たぶんそれがモテ要素」

湊(セリフ)
「……よろしく」

ト書き:相楽 湊は目を細めるようにして、静かに礼をする。その声は低くて、どこかくぐもった響き。けれど、嫌な印象はない。むしろ、目が離せない。

葵(モノローグ)
(声、低……。顔も、なんか……整ってる)
(ていうか、ちょっと怖いくらい静か……でも、嫌じゃない)



柱:1時間後/同テーブル・談笑の流れ

ト書き:話題は趣味や最近観た映画の話へ。湊はずっと聞き役に回っているが、時折誰かの言葉に小さく反応する。

男子A(セリフ)
「湊ってさ、映画好きだったよね? アート系のやつ」

湊(セリフ)
「……まぁ」

葵(セリフ)
「映画、私も好き……アート系っていうか、邦画とか、余韻のあるやつ」

ト書き:その一言に、湊の目が僅かに動く。向かい合う二人の視線が再び交錯する。

湊(セリフ/静かに笑って)
「……“余韻のあるやつ”って表現、いいね」

葵(モノローグ)
(なにこの感じ。普通に褒められただけなのに、なんか――)

(“見られてる”って、思った)



柱:夜10時/店を出たあと・駅前

ト書き:終電が近づき、グループが自然に二手に分かれる。
葵が駅に向かおうとしたそのとき、背後から歩いてきた湊が足を止める。

湊(セリフ)
「今日はありがとう。……話しやすかった」

葵(セリフ/びっくりして)
「え、あ、わたし……ですか?」

湊(セリフ)
「……うん」

ト書き:それだけ言って、湊は振り返らず改札に吸い込まれていく。
葵はその背中をしばらく見送っていた。

葵(モノローグ)
(連絡先も、名前も、ちゃんと知らない)
(でも――この感じ、きっと忘れられない)



柱:数日後/大学・授業棟・春学期の新学期

ト書き:新年度のはじまり。葵が履修表を確認しながら教室へ向かう。新しく設置された「メディア法入門」の講義に少し期待していた。

葵(モノローグ)
(この講義、けっこう人気だったから空きがあってラッキーだったな)

ト書き:教室には100人ほどの学生。最前列には既にノートを広げた生徒たち。葵は中段の真ん中へ着席。周囲の女子たちがざわつく。

学生A(セリフ)
「ねぇ、担当教授イケメンらしいよ」
「20代後半とか!? 普通に合コン来そうじゃない?」

葵(セリフ/苦笑)
「そんなわけ――」

ト書き:その瞬間、教室の扉が開く。黒髪に黒縁メガネ、よく見知ったシルエット。目を疑う。

葵(モノローグ)
(……嘘)
(嘘、でしょ……!?)

ト書き:スーツ姿で現れたのは、まぎれもなく“あの夜の彼”――相楽 湊。彼は何もなかったかのように講義資料を整え、教壇に立つ。

湊(セリフ)
「――初めまして。担当講師の相楽です」
「今日からこの講義を週1回、ここで進めていきます」

葵(セリフ/小声)
「え、えぇぇぇぇ……!?!?(パニック)」



柱:講義終了後/教室内・教壇前

ト書き:ざわつきながら生徒が退出していく中、葵は最後列に座ったまま呆然としている。ノートは真っ白。
湊が教壇でパソコンを閉じ、ふと視線を葵へ向ける。

湊(セリフ)
「……偶然、だな」

葵(セリフ)
「…………(声が出ない)」

湊(セリフ)
「ここでは“教授”だから。……今日は、仕事中」

ト書き:そのまま視線を逸らして去っていく湊。葵はその背中を、再び見送る。今度は“生徒”として。

葵(モノローグ)
(これって……)
(なに……!?)

(合コンで出会った相手が、新任教授って)
(それって……それって――)

(やっぱり、これは……恋なんかじゃ、ないよね……!?)



柱:大学キャンパス/昼下がり

ト書き:春の陽射しが降り注ぐ構内。学生たちが談笑しながら歩いている。ベンチに座る葵が、ぼんやりとノートを眺めている。

モノローグ(葵)
(あの日から、まだ3日しか経ってないのに――)
(何かが変わった気がして、ちゃんと考えられない)



柱:回想/メディア法入門・講義初日(前回ラストと重なる)

ト書き:壇上に立つスーツ姿の相楽 湊が、静かに「初めまして、相楽です」と名乗った場面。教室内にざわつきが広がる。

モノローグ(葵)
(まさか、あの人が“先生”だなんて……)
(合コンで会ったのに……先生……?)



柱:大学構内・中庭/ランチタイム

ト書き:葵が友人の陽菜とサンドイッチを食べながら話している。春風が心地よく吹き抜ける。

陽菜(セリフ)
「は? 合コンで出会った人が、講義の教授だったって!? マジで!?」

葵(セリフ)
「しーっ! 声でかい……」

陽菜(セリフ)
「てか待って、あの“無口でイケメン”って湊くんのことだったの!? え、ガチ!? 教授!? 若すぎん!?」

葵(セリフ/苦笑)
「……まじで現実が追いついてない。しかも、“今日は仕事中だから”って言われた」

陽菜(セリフ)
「……それはそれで、惚れない?(ニヤッ)」

葵(セリフ/即答)
「惚れません!」

モノローグ(葵)
(そう、惚れてなんかない。恋じゃない。……たぶん)



柱:大学・図書館前の芝生広場/午後

ト書き:授業までの空き時間。葵が芝生に座って資料を読み込んでいると、視界の端にスーツ姿の湊が通りかかる。気まずそうに目をそらす葵。

湊(セリフ)
「……橘さん」

葵(セリフ)
「っ、はい……?」

湊(セリフ)
「講義のプリント、前回配りきれなかった分。渡しそびれてた」

ト書き:湊がA4サイズの紙を一枚差し出す。葵が受け取る。彼の指先が、ほんの一瞬、葵の指に触れる。

葵(モノローグ)
(――さわっただけなのに、なんでこんなに、心臓が……)

湊(セリフ)
「ありがとう、あの時」

葵(セリフ)
「……え?」

湊(セリフ)
「合コンの時。居心地よかった」

葵(セリフ)
「……そっちこそ」

湊(セリフ)
「“仕事中”って言ったのは、あれ、気を遣っただけで……別に、気まずくなってほしいわけじゃない」

葵(セリフ/少しうつむいて)
「……気まずいに決まってますよ。だって――」

湊(セリフ)
「教師と学生、ってこと?」

葵(セリフ/黙ってうなずく)

湊(セリフ/小さく笑って)
「まあ、たしかに、普通じゃないね」



柱:教室/講義開始直前

ト書き:教室内はざわざわと活気に満ちている。葵が中段に座っていると、隣に陽菜がスライドしてくる。

陽菜(セリフ)
「わ〜、今日も来たね~湊先生。目の保養ってレベル超えてない?」

葵(セリフ)
「……先生って呼ぶの、違和感すごい」

陽菜(セリフ)
「でも“先生”って響き、なんかドキッとしない?」

葵(モノローグ)
(する。してしまう自分が、悔しい)
(けど……この関係は、きっと、特別じゃない)



柱:講義中盤/投げかけられる質問

ト書き:湊が学生たちへ問いを投げる。「メディア倫理における“個人と公共”の境界とは?」
静まり返る中、葵が意を決して手を挙げる。

葵(セリフ)
「“公共性”を理由に、誰かの“個”を壊す権利があるとは思えません」
「匿名性が暴力になる時代だからこそ……相手の“顔”を想像できる社会であるべきだと、思います」

ト書き:一瞬の沈黙。湊が、表情を変えずにうなずく。

湊(セリフ)
「いい意見だ。……君は、他人を“見ようとする”人なんだな」

モノローグ(葵)
(その目が、私を“学生”としてじゃなく、“誰か”として見てくれてる気がして――)
(息が、うまくできなかった)



柱:講義終了後/出口へ向かう廊下

ト書き:学生たちの波が引いたあと、葵が廊下を歩いていると、背後から声がかかる。

湊(セリフ)
「――橘さん」

葵(セリフ)
「はい?」

湊(セリフ)
「これから研究棟に戻るけど、少し、付き合ってもらってもいい?」

葵(セリフ/動揺)
「え、私が……ですか?」

湊(セリフ)
「資料整理を手伝ってくれると、助かる。君、ノートのまとめ方うまいし」

葵(モノローグ)
(どうしよう)
(“先生と二人きり”なんて、絶対よくない――)
(でも、断れないのは……)



柱:研究棟・湊のオフィス/夕方

ト書き:静かな部屋に並ぶ本棚と、整頓されたデスク。窓からは夕陽が差し込み、空気に金色が混ざる。

湊(セリフ)
「……君って、不思議だよな」

葵(セリフ)
「……どういう意味ですか?」

湊(セリフ)
「ちゃんと線を引こうとする。けど、その目は、ちゃんとこっちを見てくる」

葵(セリフ/少し戸惑って)
「……だって、先生が先に、こっちを見てきたから」

湊(セリフ/ふっと微笑んで)
「……そうだな」

モノローグ(葵)
(私がドキドキするのは、きっと先生が“特別”だからじゃない)
(これは――)

(たぶん、恋じゃない)
(そうじゃなきゃ、困るから)