その色に触れたくて…

【柱:大学前のバス停/夕方】

【ト書き】
帰り道、夕暮れの光が地面を赤く染める。
新菜はスケッチブックを胸に抱き、バス停のベンチに腰掛けていた。
成海のことを考えると、自然と心が静かになる日が増えた。
それは、“好き”という気持ちを、
胸の奥にしまう方法を覚えてきたからかもしれない。

【ト書き】
そのとき。
隣に、すっと誰かが座る気配。
思わず顔を上げると、そこには一人の女性がいた。

【ト書き】
長い髪。優しそうな雰囲気。
でもどこか儚げで、目の奥に静かな影を宿している。

【咲耶(微笑んで)】
「こんばんは。……学生さん?」

【新菜(はっとして)】
「……はいっ、あっ、はい。一年です」

【咲耶(ふふっと笑って)】
「そっか。1年生。
 あなたみたいな子が絵を描いてるって、なんだか眩しい」

【新菜(照れながら)】
「……ありがとうございます」

【ト書き】
会話はたったそれだけ。
でも、不思議とこの人には気を張らなくてよかった。
まるで空気みたいに、穏やかで、優しい人。

【新菜(おそるおそる)】
「……あの、もしかして……以前、成海くんと……」

【咲耶(目を細めて)】
「うん。私、咲那って言います。成海の彼女」

【新菜(胸がきゅうっとなる)】
「……あ、やっぱり……」

【咲耶(そっと笑って)】
「知ってたんでしょ? あの子が、私と一緒にいるの」

【新菜(驚いたように目を見開く)】
「……!」

【咲耶(静かに)】
「大丈夫、責めたりしないよ。
 だってあなた、すごく真っ直ぐに彼のこと、見てたから」

【ト書き】
その言葉に、新菜の胸が、音もなく痛んだ。

【新菜(声をふるわせて)】
「……私、何もしてません……ただ、成海くんのこと……ずっと……」

【咲耶(優しく遮るように)】
「うん。わかってるよ。
 彼、誰かを“好きになる”って、ちゃんと苦しむ人だから」

【ト書き】
バスのライトが遠くから近づいてくる。
その光の中で、咲耶の表情が少しだけ、揺らいだ気がした。

【咲耶(ゆっくり立ち上がって)】
「あなたの絵、いつか見てみたいな」

【新菜(ぽかんと)】
「……え?」

【咲耶(微笑んで)】
「きっと、やさしい色をしてる気がする」

【ト書き】
そう言って、咲耶はバスに乗り込んだ。
ドアが閉まり、動き出す車体の中から、
彼女は最後に、小さく手を振ってみせた。

【新菜(動けず、立ち尽くして)】
「……やさしい人だ」

【ト書き】
きれいで、優しくて。
彼女の隣にいる成海は、
きっと、幸せだったはずなのに。

なのに――
胸の奥が、涙の味をしている。



【柱:咲耶の部屋・夜/柔らかな照明と静かな時計の音】

【ト書き】
時計の秒針が、静かに進む音だけが部屋に響いている。
ベッド脇の照明が、咲耶の頬をあたたかく照らしていた。
成海は、咲耶の隣に座ったまま、言葉を探していた。

紅茶の香りが、少し冷えた空気にゆっくり溶けていく。

【咲耶(やさしく微笑んで)】
「何も言わないのって、逆に苦しいね」

【成海(はっとして)】
「……ごめん」

【咲耶(首をゆっくり横に振って)】
「違うの。謝ってほしいわけじゃないの。
 私は……あなたの“本当の顔”を、ちゃんと見たいだけ」

【ト書き】
咲耶の声はいつもと同じ柔らかさだった。
だけど、その奥にある“決意”は、成海の胸を静かに締め付けた。

【成海(絞り出すように)】
「咲耶……俺、どうしたらいいのか、わからなくて……」

【咲耶(目を細めて)】
「ねぇ、成海くん。
 好きな子、できたでしょ?」

【ト書き】
問いかけはあまりにも静かで、あまりにも優しかった。
だからこそ、返事ができなかった。

【成海(目をそらして)】
「……っ」

【咲耶(じっと見つめて)】
「新菜ちゃん、って子だよね」

【成海(顔を上げて)】
「どうして……」

【咲耶(そっと微笑んで)】
「今日、偶然会ったの。
 話したのはほんの少しだけだったけど……
 あの子の目を見て、すぐわかった。
 “あの子、あなたのことが大好きなんだな”って」

【ト書き】
咲耶はゆっくりとティーカップを置く。
手が、ほんの少しだけ震えていた。

【咲耶(静かに)】
「成海くん、苦しいでしょ。
 私のこと、ちゃんと好きでいてくれてる。
 でも、あの子を見てると、
 心が揺れてしまう」

【ト書き】
図星だった。
成海の肩が、わずかに震える。

【成海(唇をかみながら)】
「……情けないよな」
「好きな人を、同時にふたり抱え込んでるみたいで……」
「最低だって、思ってる」

【咲耶(そっと、成海の手に触れる)】
「最低なんかじゃない。
 ……だって、あなたは私をひとりにしなかった」

【ト書き】
その言葉に、成海は目を伏せる。
喉の奥が、きゅっと締まるように苦しかった。

【咲耶(涙を堪えるように)】
「ほんとは、ずっと前から分かってた。
 私より、長く生きてく誰かのそばにいてほしいって。
 だからね……
 私は“あの子”に、感謝してるの」

【成海(目を見開いて)】
「……なんで」

【咲耶(小さな声で)】
「あなたを、未来に連れていってくれる気がしたから」

【ト書き】
咲耶の目から、涙がひとすじ、静かにこぼれる。
でもその顔は、どこまでもきれいだった。
光の中に、愛と、別れと、すべてが溶けていた。

【咲耶(涙声で)】
「最後に、お願いがあるの」

【成海(静かに頷く)】
「……うん」

【咲耶(微笑んで)】
「“好き”って、言って」

【成海(かすれた声で)】
「……咲耶、俺……お前のこと、好きだ」

【ト書き】
その言葉に、咲耶の目から新しい涙がこぼれた。
でも、それは悲しみの涙じゃなかった。
“愛されていた”という実感が、胸をあたためていく。

【咲耶(そっと微笑んで)】
「……ありがとう」
「私も、成海くんのことが、好きだったよ。ずっと」

【ト書き】
ふたりは向かい合ったまま、もう何も言わなかった。
けれど、沈黙の中には、すべてが詰まっていた。
言葉にならない“想い”が、互いの瞳の奥で触れ合っていた。

【ト書き】
そして、そっと。

咲耶が身を乗り出すより少し早く、
成海が静かに目を閉じて、唇を重ねた。

【効果音:しん、とした夜にただ静かに響く心音】
【効果音:ドクン……ドクン……】

【ト書き】
長くも短くもない、けれど永遠のようにあたたかなキスだった。

ふたりとも、涙を浮かべながら。
けれどそれは、最後のキスではなかった。
“今この瞬間を、愛してる”という気持ちを、
たしかに確かに、交わした証だった。

【咲耶(額をそっとくっつけたまま)】
「成海くん……ありがとう。
 出会えてよかった。心から、そう思ってる」

【成海(小さく笑って)】
「俺もだよ。……お前が、最初の全部だった」

【ト書き】
夜の静けさが、ふたりのぬくもりを包み込んでいく。
未来はまだ、見えない。
でもこの夜だけは、確かに、ふたりのものだった。

【柱:翌朝・咲耶の部屋/やわらかな朝日】

【ト書き】
カーテン越しに差し込む光が、部屋の空気をやさしく照らす。
咲耶は目を閉じたまま、成海の腕にそっと抱かれていた。
昨夜の涙のあとが、頬にかすかに残っている。

【ト書き】
成海は眠っている咲耶の額に、そっと唇を寄せる。

【成海(小さく囁いて)】
「……ありがとう」

【ト書き】
もう一度、きちんと向き合おう。
過去も、未来も、そのすべてに。
そう誓うように、成海は目を閉じた。