2度目の恋は静かに、熱く


 〇博物館・エントランス
杏、目を輝かせながら高い天井を見つめる。
杏M「素敵……」
杏、バッグからノートとペンを取り出し、スケッチに夢中になる。
直人、ジュースを片手に杏の背後から静かに近づく。
直人、そっとノートを覗き込む。
杏、天井の構造をスケッチしている。
直人、思わず吹き出す。
杏、ノートを抱きしめ、ふくれっ面で振り向く。
杏「勝手に見ないでください!」
杏、耳まで赤くする。
直人、冷笑する。
直人「お前、スケッチ下手だな」
杏、直人から顔を逸らす。
杏「まだ勉強中なんです!」
直人「これ持ってろ」
直人、杏にジュースを手渡し、ノートとペンを奪い取る。
杏「ちょっと……!」
直人、数秒天井を見つめる。
杏M「何なの急に?」
杏、直人の顔を見つめる。
杏M「真剣な目」
直人、ノートに視線を落とすと迷うことなく描き上げていく。
杏、直人に近づいて描く工程を確認する。
杏M「すごい……。頭の中にはあの構造がしっかり入ってるんだ」
杏、つい心の声が溢れる。
杏「上手い……」
直人、クスッと笑いながら問う。
直人「無駄に歳食ってないだろ?」
杏M「悔しい……。でも……」
杏、唇を噛みしめる。
杏M「今の私には、この人よりすごいものは描けない」
杏、悔し泣きする。
直人、予想外に泣き出す杏を見てギョッとする。
直人M「何で……? 『下手』って言ったからか?」
直人、杏を笑わせようとおどける。
直人「感動して泣いてんのか?」
杏、手で顔を覆いながら横に振る。
直人、杏の反応を無視して話を続ける。
直人「お前を俺の公認ファン1号にしてやる!」
杏、手で涙を拭いながら話す。
杏「だから違うって……」
直人、杏の頭を優しく撫でる。
杏「……優しくしないでください」
直人、杏を見つめたまま微笑む。
直人「それは無理だな」
杏「彼女にしか優しくしないって……」
杏、唇を噛みしめて涙をこらえる。
直人、杏の頬に手を当て親指で優しく杏の唇に触れる。
直人「彼女にしたいから優しくしてる」
杏、驚いたように直人を見つめる。
直人、愛おしそうに杏を見つめる。

〇永明大学・敷地内カフェ
暁斗、カウンター席に腰かけて暗い表情をする。
誠、ゆっくり暁斗に近づく。
誠M「いつになく暗い」
誠、暁斗の横に立って声をかける。
誠「よぉ!」
暁斗、誠をチラッと横目で見てため息をつく。
誠「おいおい、どうした?」
暁斗「……お前はいつでも元気だな」
誠、豪快に笑う。
誠「元気が取り柄だからな」
誠、頬杖ついて暁斗の顔を覗き込む。
誠「で? 杏と何があった?」
暁斗「何で杏が出てくんだよ?」
誠「え? 逆に杏以外のことでそんな顔見たことねぇけど」
暁斗、眉間にシワを寄せる。
誠「嘘じゃねぇから!」
誠、呆れたような顔をする。
誠「いつだって杏のことばっか。そんなに好きなら告れば良いのに」
暁斗、俯く。
暁斗「告ろうと思って杏の家に行った……」
誠、身をのり出して大声で言う。
誠「マジで⁉」
暁斗、迷惑そうな顔で誠を睨む。
誠、周りを気にするように見渡して小声で言う。
誠「すまん……。で、どうだった?」
暁斗、ゆっくり口を開く。
暁斗「……佐田って奴とキスしてた」
誠、開いた口が塞がらない。
誠M「マジ……?」

〇同・人目のつかない建物裏
友里、胸の前で腕を組んで睨むように悠斗を見る。
悠斗、微笑む。
友里「それ、私のメリットないじゃん?」
悠斗、ゆっくり友里に近づいて髪を弄ぶ。
悠斗「面白い恋愛ドラマが観られるよ。好きでしょ?」
友里、顎に手を当ててニヤリとする。
悠斗、友里の耳元で囁く。
友里、悠斗の言葉を聞いて笑顔になる。
友里「契約成立」
悠斗、微笑む。

〇大型プール施設・スライダー前
杏M「何故こうなった?」
杏、疑問を抱くような顔で目の前に居る悠斗を見る。
悠斗、杏の気持ちを察するように笑う。
悠斗「たまにはこのメンツも良いよね」
友里、ビキニ姿で隣に居る誠の腕を抱きしめる。
友里「だね! さぁ、楽しもう!」
誠、今にも鼻血を出しそうな感じで手で顔を押さえる。
杏M「誠が興奮している……」
直人、ニコニコしながら杏の肩を抱き寄せて言う。
直人「じゃあ俺らも行くか!」
杏、しかめっ面で直人を見る。
直人「何だよ? どう見たったペア的に俺とだろ?」
杏、直人から顔を逸らす。
杏M「佐田さんとならまだ悠ちゃんと……」
杏、ギョッとする。
悠斗、数メートル離れた所で複数の女性にナンパされている。
杏M「さっきまでここに居たのに……」
杏、仲良くスライダーの階段を上り始める友里と誠を見つめる。
杏M「噓でしょ」
直人、杏のラッシュガードのチャックに手をかける。
直人「室内なんだから日焼けしねぇだろ」
杏、咄嗟にチャックを握り、顔を赤らめて直人を見る。
直人、顔を赤らめて困惑したように杏を見つめる。
杏「昔、暁に言われたの……」
直人、俯く杏に問いかける。
直人「何て?」
杏「『脂肪たっぷりで恥ずかしいから絶対人前で脱ぐな』って」
直人、杏をジッと見つめる。
直人M「それは……」
直人、気を取り直すように杏の手を掴んでスライダーに向かう。
直人「とりあえず行くぞ!」
悠斗、階段を上り始める直人と杏を見てニヤッと笑う。
悠斗M「楽しみだな」

〇同・スライダー頂上
杏、青ざめた顔で脚がガタガタ震える。
杏M「高いんですけど……」
直人、杏を見て大笑いする。
直人「めちゃめちゃビビってんじゃん!」
杏、唇を噛みしめて直人を睨む。
杏M「悔しい……」
直人、杏をバカにするように言う。
直人「怖くて乗れないなら正直に言えよ」
杏、眉間にシワを寄せる。
杏「乗れます」
杏M「って、絶対無理ー!」
直人、ニヤッと笑って杏の背中を押す。
直人「じゃあ気持ちが変わらないうちに行くぞ」
杏N「緊張と恐怖でこみ上げてくる吐き気」
杏、二人乗りの浮き輪に乗せられる。
スタッフ、杏と直人に笑顔で声をかける。
スタッフ「いってらっしゃーい」
杏N「私はただ、目を瞑って堪えることしかできなかった」
直人、楽しそうに笑う。
杏M「早く終われー」

〇同・スライダー出口
杏、浮き輪からプールに落ちる。
杏M「うっ……」
杏、水上を目指して泳ぐがなかなかたどり着かない。
杏M「息が……」
直人、杏の腕を掴んで水上に引き上げる。
杏、激しくせき込む。
直人、焦ったように怒鳴る。
直人「バカ! 泳げねぇなら先に言えよ!」
杏M「怒ってる……。きっと面倒だって……」
直人、泣きそうな顔で杏を抱きしめて背中をさする。
杏「佐田……さん?」
直人、声を震わせながら話し始める。
直人「目の前で……、好きな女が苦しそうにするところなんか……」
直人「見てらんねぇんだよ」
杏「……ごめんなさい」
杏N「気づかないようにしていたのに」
杏、しょんぼりする。
杏N「彼はそれを許さない」
直人、愛おしそうに杏の頭を撫でる。
杏M「ほら、またそうやって……」
直人「俺が悪かった。ごめんな」
杏、涙を浮かべる。
杏N「佐田さんは私を愛している」
暁斗、抱きしめ合う二人を冷たい顔で見つめる。