2度目の恋は静かに、熱く



〇永明大学・食堂
杏、振り向くと誰かの指が頬に突き刺さる。
杏「痛……」
佐田直人(23)、悪ガキのような笑みを見せる。
直人「柔らけぇ。さすが、あんこ餅」
直人、杏の頬を何度も指で押す。
杏、直人を睨む。
杏N「佐田直人 23歳 建築学部3年」
直人、当然のように杏の隣に腰かけて杏の顔を見つめる。
杏N「尊敬できない先輩No. 1」
杏、直人と目も合わせず冷たく言う。
杏「何の用ですか?」
直人「あんぽ柿が俺のこと話してると思って」
友里、クスクス笑う。
友里「ちょうど話してました!」
杏、きっぱりとした口調で言う。
杏「いいえ、佐田さんの『さ』の字も出てませんよ」
直人、杏の肩を抱き寄せる。
直人「お前は冷やしあんか!」
杏、嫌悪感に満ちた顔で直人の手を払いのける。
杏「名前弄るのやめてもらえます?」
友里、面白がるように二人を見つめる。
直人「もっと先輩を敬えよ!」
杏「……」
直人、黙り込む杏を見つめる。
直人「どうした?」
杏「すみません。どう考えても小学生男子にしか思えなくて」
直人、しかめっ面で杏の両頬を片手で挟む。
直人「誰が小学生男子だ!」
杏、直人の手を払いのける。
杏「無駄に歳食ってるだけでしょ? 留年してるくせに威張らないでください」
直人「ちょっと待て! 俺は留学してたから留年したんだ」
杏、まったく感情を込めずに言う。
杏「へぇ、2年も留学してたんですね。すごいな」
直人、イラついた表情をする。

〇同・食堂の窓際の席
T「数分前」
杏たちから少し離れた広いテーブルに数名の男子医学生が集まって食事を摂る。
佐藤雅哉(20)、うっとりしながら杏と友里を見つめる。
悠斗、向かいに座る雅哉の顔を見てクスクス笑う。
悠斗「お前、顔がヤバいぞ」
雅哉「あぁ、彼女にできたら最高だろうな」
暁斗、笑顔の杏を見る。
悠斗、杏を見つめる暁斗を見てニヤッとする。
悠斗「杏は昔からモテるんだよ」
悠斗M「俺らがイジメ過ぎて自己肯定感は低いけど……」
雅哉、熱弁する。
雅哉「杏ちゃんは小さくて可愛いから守ってあげたくなるんだよな」
雅哉「友里ちゃんは美人でエロくて……。尻に敷かれたい……」
暁斗と悠斗M「変態」
雅哉、頭を掻きむしる。
雅哉「あぁ、クソ……。どっちも犯したい!」
暁斗、イラついた表情をする。
悠斗、普段よりにこやかになる。
暁斗と悠斗、同時に雅哉の脚を蹴る。
雅哉「痛ッ! え……?」
雅哉、テーブルの下を覗き込む。
悠斗「ごめーん、当たっちゃった」
雅哉、悠斗を睨む。
雅哉「いや! 今、明らか蹴っただろ?」
暁斗、冷たい目で雅哉を睨む。
暁斗「お前と違って脚が長いんだよ」
雅哉、暁斗の圧に屈する。
雅哉「うん、ごめん……」
雅哉、杏たちのテーブルを見てハッとする。
雅哉「うわっ、佐田直人!」
暁斗、瞬時に杏の方を見る。
暁斗「……誰?」
雅哉「知らねぇのかよ! 建築学部の3年で……」
悠斗、ニヤニヤしながら暁斗を見つめる。
悠斗「かなりの遊び人らしい。毎晩のように違う女を抱くんだって」
悠斗、暁斗の不安を煽るように言う。
悠斗「杏も抱かれちゃうかも」
暁斗、血の気が引く。
暁斗「……杏は」
雅哉、テーブルを思いっきり叩いて立ち上がる。
暁斗と悠斗、雅哉を見上げる。
雅哉「そんなこと絶対させない!」

〇同・食堂
友里、杏と佐田を見つめる。
友里M「佐田さんには言いたいこと言えるんだよな」
友里M「佐田さんも杏のこと好きっぽいし、付き合っちゃえば良いのに」
友里、チラッと暁斗の方を見てハッとする。
友里M「え……」
暁斗、鋭い目つきで杏と直人を見つめている。
友里M「え……、あの目は絶対……」
友里、杏を見る。
杏、直人の話を無視して食事をする。
直人、留学していた時のことを杏に力説する。
友里、名案が浮かびニヤッとする。
友里M「嫉妬こそ、恋を盛り上げる着火剤よね」
友里、医学部のテーブル席にまで聞こえるよう声で杏と直人に提案する。
友里「ねぇ、今度みんなで飲み会しましょ?」
直人「おっ! 良いね! いつにする?」
杏「私は良いや……。お酒飲めないし」
直人、杏の腕を肘で突く。
直人「おい、つまんねぇこと言うな。大学生なんて酒飲んでなんぼだぞ?」
杏、ため息をつく。
杏「佐田さんはもっと勉強してください」
直人、笑いながら杏の頭を撫でる。
杏、直人の手を振り払い冷たく言う。
友里M「そろそろ、着火剤投入しに……」
友里、医学部のテーブル席を見てギョッとする。

〇同・食堂の窓際の席
暁斗、無表情のまま箸を握りしめてへし折る。
雅哉、目を見開く。
雅哉「暁斗……、はっ、箸が……」
暁斗、無言のまま立ち上がって杏の元へ向かう。
暁斗M「イラつく」
雅哉、焦ったように悠斗に問う。
雅哉「なぁ、喧嘩なんかしないよな?」
悠斗、ニコニコしながら暁斗の背中を見つめる。
悠斗「さぁ、どうでしょう?」
雅哉「理性の塊のような奴だぞ?」
悠斗「いつも色々我慢してるだけだよ」
悠斗、脚を組んで頬杖をつく。
悠斗「心の中は黒いものでグチャグチャだよ」
雅哉、固唾を呑む。
雅哉M「黒いものって、何……?」

〇同・食堂
直人、杏を真顔で見つめながら問う。
直人「医学部の双子って、お前の幼馴染だろ?」
杏「そうですけど……?」
直人、杏にグッと顔を近づける。
杏「……!」
杏、頬を赤らめて顔を逸らす。
杏「なっ、何ですか?」
直人「付き合ってんの?」
暁斗、近づいてくる。
友里、ハラハラしながら暁斗と直人を交互に見る。
友里M「このスリル……、たまらん」
友里、恋愛ドラマを目の前にしてドキドキしている。
杏、顔を逸らしたまま俯く。
杏「ただの幼馴染ですよ」
直人、頭の後ろで手を組む。
直人「だよな。お前の一番は修ちゃんだしな……」
直人、切ない顔。
暁斗、直人の近くで立ち止まる。
直人、ゆっくり顔を横に向けて暁斗を見上げる。
暁斗、冷たい目で直人を見下ろす。
友里、口を両手で抑えながら睨み合う二人を見る。
杏M「急に静かになった」
杏、ゆっくり直人の方を見る。
杏、暁斗の顔を見て顔を歪める。
杏M「何で不機嫌なの?」
杏、慌てるようにキョロキョロあたりを見渡す。
直人「何だよ?」
直人、ケンカ腰で問う。
暁斗「先輩こそ何ですか?」
暁斗、冷静に話す。
杏「いや、あの……、暁これは……」
直人「口説いてる最中だから医学生はあっち行けよ」
直人、杏の肩に手を伸ばそうとする。
暁斗、直人の手首を掴んで制止する。
暁斗「杏に触らないでください」
暁斗、直人を睨む。
悠斗、ニヤッとしながら立ち上がり、暁斗に向かって歩きだす。
雅哉「おい……」
友里M「カッコいい……」
友里、恋する乙女のように暁斗を見つめる。
杏、開いた口が塞がらず暁斗を見つめる。
杏「暁……」
直人、クスクス笑い、暁斗をバカにしたように言う。
直人「彼氏気取り? ただの幼馴染なのに?」
暁斗、悔しそうな顔で直人の握る手に力が入る。
暁斗「俺は……」
杏、暁斗の顔を見つめる。
杏M「何でそんな顔するの?」