『あの子は、彼が”重度”のアレルギーだと言うこと知らなかったのね。どこかで聞きかじったのか、彼が蕎麦アレルギーだと言うことを知った。
そしてただ、フラれた腹いせにほんの少しジュースに蕎麦の煮だしを混ぜた。ちょっと苦しめばいい、と思ったに違いないわ』
葵さんは、尚もぶるぶると震えている内海さんを指さし、まるで愉しんでいるかのようにクスクス無邪気に笑う。
その少女のような無邪気な笑い声がまたも私の背中を冷たくさせた。
「葵さん―――あなたは……」
葵さんは私の肩をぎゅっと抱き寄せた。
まるでドライアイスに包まれているような冷たさ。体中の体温が奪われ行く感じ。身体のどこにも力が入らない。
『あなたのお陰よ。本当に感謝している。
彼は私の愛した一臣さんの子孫――――
塩原 一臣のひ孫よ』
葵さんは本当に嬉しそうに幸せそうに私の耳元でそっと囁いた。
嘘―――……
あれだけ探しても見つからなかった一臣さんの子孫が、塩原だった―――……?
塩原だって気付いてなかった筈。
葵さんの目的は、道ならぬ恋をあの世で成就させることじゃなかった。
葵さんが探していたもの。それは乗車券なんかじゃない。
だから私と塩原が乗車券を持ったときから、私はおかしくなった。
『本当にありがとう』
彼女の最後の哂い声が蘇った。
彼女の気持ちを裏切り、あっさりと農家の娘と結婚し、子供も設けた彼を―――
彼女は100年の間、恨み続けていたのだ。
私は―――
あの乗車券を渡してはいけなかった。
「塩原っ!!」私は心の限り叫んだ。
塩原は胸を掻きむしりながら必死にこちらを見て、震える手で私を指さし。
「由利――――」
塩原から、初めて名前を呼ばれた。
あ い し て る
塩原の口が動き、私を見ながら最期の微笑みを浮かべ、やがて目を閉じた。



