深夜13時の夜行バス


■存在しないもの


一度言い出したら聞かない性格を、良くも悪くも知っている塩原は、諦めたように吐息をついた。
「分かった。前川に任せる。けど、何かあったら必ず連絡しろよ。真夜中だろうが、俺は駆けつけるから!」

塩原――――

「ありがとね。でも大丈夫!いざとなればバスの運転手さんだっているしさ」
私は眉を寄せて塩原に笑いかけた。

車は近道に選んだ山道を走り抜け、国道に抜ける……と思いきや地図アプリが対応していなかったのか、どんどん細い道に入って行き、
「ちょっとヤバくない?」と私が不安そうにヘッドライトで照らされた山道の先を見ると
「ああ、この先道があるかも分かんねぇし、引き返すか。ちょっと遠回りになるかも、だけど」

塩原は手慣れた手つきで車のハンドルを回し、車をバックさせた。
私の座っている助手席のヘッドレストに腕を回し後方を見る。バックモニターだってあるのに、塩原の癖なのだろうか。

「夜だから見づらいなー」とこぼしていた塩原と思わぬ急接近。

思わず目をまばたくと、その短い距離に塩原も驚いたようで慌てて顔を遠ざけた……ところで、またも距離を詰めてきた。

「前川ってさ、やっぱいい香り……」塩原はギアを完全に(パーキング)に入れ、私を真正面から見据えてくる。

そう言えば……今日は髪を下ろしている。仕事じゃないし。



「好き」



ふいに言われて、私は目を大きく開いた。

「あっ…!香りだけじゃなくてね!前川の全部が……
葵さんと一臣さんのことで一生懸命になってるとことか。確かに葵さんとはうりふたつの顔だし、他人事にも思えないかもしれないけど、でもやっぱ他人じゃん?
そう言うとことか含めて」

塩原の顔は暗闇の中でも真っ赤になってることが分かった。

塩原の手がふいに私の頭に伸びてきた。撫で梳くように優しく撫でられる。
されるがままじっと塩原を見つめて、

私たちは自然、顔を近づけていた。

――――そのときだった。

パっと明るすぎる光がフロントガラスから侵入してきて、私たちはその光から目をかばうように顔を逸らした。
恐る恐る光の方を見ると、懐中電灯を手にした男性の老人が不思議そうに目をまばたいていて
塩原がドアを開けると

「あんたら、何してるんだい。この先は行き止まりだよ」と親切な老人が教えてくれた。
やっぱり……行き止まりだったか。

「俺ぁこの下に住んでるんだが、たまに道に迷ったりする人が居るんだわ。山道だし暗いからな、怪我で済みゃいいが、死んだ人も少なくないのよ」と、親切な老人の言葉にぞっとした。
「ど、どうも御親切に」と塩原が何とか答える。
「おたくら新婚さんかい?新婚旅行には不向きだよここぁ」と老人が笑う。

私たちは再び顏を合わせ、やはり同じように顔を赤くした。
結局、車をユーターンさせて、何とか国道に出ることはできたけれど、その間私たちは無言だった。

キマヅ過ぎる。
でも

この時、私は塩原に単なる同期と言う枠を超えて、深い愛情を抱いていた。

でもまだ返事を伝えるわけにはいかない。

全て―――

全て終わったら必ず、私は―――


―――――
―――

新店舗がオープンするまで、私は毎日のように深夜バスに乗った。

開発事業部と外食事業部の連中は例のプレゼンから全然やる気をみせないし、結局新店舗オープンはこっち(営業部)に丸投げ。
薔薇の中でも貴重な青色の薔薇を売っている場所を探しだし、業者に植え込むよう手配したり、苦労して集めた古い写真を、味のある額縁に収め飾りつけたり、流石にその他のインテリアやメニュー表は開発事業部と外食事業部の連中に任せたけど。

自然帰りが遅くなるからちょうどいいのか??
と言うわけで、わざわざ無駄な時間を過ごすことなく必然的に深夜バスに乗ることになった。

私が乗るバスは図ったかのようにいつも乗車客が一人だった。
葵さんがどのバス停で乗ってくるのか目をこらして見つめるつもりが、いつもいつも同じ時間に睡魔に襲われる。またも図ったように。

そしてふと目が覚めると、葵さんの後ろ姿が目に入る。

葵さんはどんどん私に近づいている。今は私の三列前のシートに腰掛けていた。


『葵さん……』


どんなにそう声を掛けたかったか……けれどそれを堪えた。
葵さんが私に一臣さんを探して欲しい……なんて思い上がりで、本当に葵さんと似た私と塩原の幸せ(?)を恨んで呪い殺そうとしているのかもしれない。
私はぶんぶん顔を振った。

違う、そう思いたかった。

恐怖と、興味と私の中はいつもせめぎ合いだ。