何を言い出すのかと思ったら
「前川が行った図書館、行こう。まだギリ間に合う筈」と。
「は?何で?」
「XXバス停→△△バス停て乗車券だろう。そのルート付近に一臣さんの家があるに違いない。それに葵さんの叔母さんの証言を合わせたらかなり絞り込めるんじゃないか?」
「なるほど……それはそうだけど…」
問題の一臣さんの家がもうあるかどうか分からない。
「無駄にこの辺を聞き込みしても無駄だ。少しでも絞った方がいい」
塩原は真剣に地図を眺めていて、いつになく頼もしい彼の姿を見て
「うん」私は頷いていた。
それから車を走らせること10分。
図書館はあと15分と言うところで閉館だった。
やみくもに本を探すことは諦め、司書さんに当時の地図とバスの路線が載っている本を探してもらった。
今はPCで簡単に検索できる、便利な世の中になったものだ。なんて感心してる場合じゃない。
私は塩原が持ってきた地図と当時唯一走っていた古いバスの路線を調べて、照らし合わせてみた。
流石に地名に”悲恋坂”とは乗っていなかったが、大体の位置は把握している。バスの路線中に”悲恋坂”があった。
しかし、”心中”と言う噂は大きく捻じ曲げられていたが。
「葵さんはどっちのバスに向かっていたのだろう。一応行先は△△バスってなってるけど、それもどこか分かんないよな」
塩原が路線図に指を這わせて眉を寄せる。
私は地図を眺め、
「昔、下の方は割かし街が広がってる。その上は農地が多いよ。賭けだけど、こっちを当たろうよ、叔母さんの意見とも合ってる気がするし」
私はそう提案したが、それは無駄に終わった。
農地があった場所にはすでに新興住宅が建っていて、その場所が農地であったのかどうかも分からない。
ここでもやみくもに聞き込みをするのは時間の無駄だ。とりあえず私たちは古くからの地主さんを探すことにしたが、これもやはりからぶりになった。
少し古めで大きな家を見つけては訪ねてみたけれど地主は見つからなかった。
念のため、二三軒の家を当たったが、皆ここ20年ぐらいに越してきたと言うことで当然ながら100年も前のことなんて知らない、と言われた。
まぁ当然だよね。
100年以上を思わせる古い家は一軒も見当たらず、無駄足だった。



