「姉は必死に止めました。いくら政略結婚だからと言って夫のいる身分で、親族以外の違う男の葬儀に行くなんて、当時は考えられなかった」
私は叔母さんの言葉に思わず俯いた。ガラスの器に入れられた麦茶はすっかりぬるくなっているだろう。
だけれどそれを一飲みして呼吸を整えたかった。
「葵さんはその後―――……」聞きづらかったことを、塩原が代弁してくれた。
「葵が家を飛び出そうとするとき、姉が必死に引き止めました。しかし葵は運悪く転んでしまって……打ちどころが悪かったのでしょう、頭を打って……」
叔母さんはまたも目がしらを押さえた。
「打って……?」塩原が先を促す。きっと私も塩原も最悪の事態を想像したであろう。
「幸いにも一命をとりとめましたが……」
え――――……そのときに
亡くなっては―――いなかった―――?
「しかし心を病んでしまい、目は開いているものの何を見ているのか分からず、もちろん喋ることもせず、食事もろくにしませんでした。日に日にやせ細っていく葵を見るのがつらかったぐらい…
ただ、………」
「ただ…?」今度は私が聞いた。
「その……幼馴染の買ってくれた真珠のイヤリングの片方だけはいつも大事そうに握っていて、時折『片方はどこ?』と口にしました。
あと……切符がどうのこうのと、とも……」
切符―――!?
もしかして私が拾った乗車券なのだろうか。
「その後、おかしくなった葵を彼女の夫はあっさりと離縁して、着物問屋の娘と結婚したと聞いたことがあります」
「何だよそれ!」
塩原が机に手を叩いた。同感だ。私だって机を叩きたい。その衝動を何とか押さえ
「塩原」私は怒りを隠せない塩原を窘め
「その後葵さんは―――……」
「ある日……私たちが目を離した瞬間に、どこかへ行ってしまって……」
「どこかへ?」私が目をまばたくと
「バス停です。その時代唯一走っていたローカルバスのバス停で―――
倒れていて―――
時間は真夜中の1時でした。当然その時間バスなんて走ってなくて。でも葵はずっと待っていた。
バスが来るのを。
私たちが発見したときは手遅れでした。
もともと体が衰弱しきっていたのです。そのバスの切符と真珠のイヤリングを手にバス停のベンチで眠る様に―――」



