「ええ……葵の父が企業を拡大させようと、それはそれは縁談に乗り気だったのですが、当時葵は幼馴染の若い男のことを想っていまして…そしてその幼馴染も葵のことを好いていました。
しかし幼馴染の男の方はしがない農業の一人息子で」
「それで……葵さんは……」
「もちろん本人は縁談には猛反対しました。自分には好いている殿方がいる、と。
しかし父は葵の意見を頑なに取り入れなかった。葵はほぼ強引にその繊維会社の息子と結婚させられ……」
ご老人……いいえ、この場合葵さんの叔母さんは目を伏せ着物の袖で目がしらを押さえた。
「葵さんはその後……」私は叔母さんを見つめて眉を寄せた。
「二年程は夫婦生活を送っていましたが、やはり葵はいつまでたっても乗り気じゃなく、子をもうけることもなく、いつもいつも隠し持っていたその幼馴染の写真を眺めては涙していました。私から見たら葵が気の毒で」
今なら考えられない―――悲しい話だ。
「その―――幼馴染の写真と言うのは……」塩原が聞いたが、叔母さんはゆるゆると顔を横に振った。
「きっと私の親が取りあげて捨ててしまったのでしょうね……私は顔も分かりません」
「そう―――なんですか…」
少し残念に思ったが、家の為、親の言うなりになるしかなかった。その事実に気持ちが大きく揺らいだ。
「そのうち、風の噂でその幼馴染が流行り病で亡くなったと聞いたとき、葵は酷く取り乱して
お金のない家で大した葬式もあげられなかった彼の家に、何としてでも彼の最期の姿を見たかったんでしょう、喪服姿で親の……私の姉に引き止められながらも彼に会いに行こうとしていました」
夢の中で見た―――……
葵さんは愛する人に最後の最期、一目でも会いたかった筈。
何て悲しい――――
そしてあの夢は偶然じゃなかった。
葵さんが私にその想いを伝えたかったのだ。



