ここに来て私はメニュー表から目を上げ塩原の顔を見た。
「は?
何で?」
ごく自然な質問に、
「前川は疲れてるんだろうな、バスに乗って割とすぐ寝ちまって、俺の肩に寄りかかってきてさ…」
「あー…うん、あの時はごめんね。重かった?」
あの時のこと、鮮明に思い出した。
お互い…私は塩原の肩に、塩原は私の頭に寄りかかり眠っていた。
そこにバスの運転手さんに「終点ですよ」と声を掛けられ、ハッとなったしだいだ。
その後会社に戻って大目玉を食らったことも覚えている。
「てか……寝てなかったって…?じゃぁ何で起こしてくれなかったの」そしたら上司からも怒られなかったのに。
塩原は顔をほんの少し顔を赤くしたまま、私と目を合わそうとしない。
「あの時さ、前川の香りがすっげぇいい香りで」
「香り…?香水とかつけてないけど…」
「うん、たぶんシャンプーの香り。
前川、あのとき髪下ろしててさ、少し開いた窓から風が吹いてて、前川の髪が俺の方に流れてきて」
そう言えば、”あの時”もちょうど今ぐらいの時季で、車内はエアコンが効いていたにも関わらず換気の為かほんの少し窓が開いていた気がする。
「あ、ごめん。鬱陶しかった?」
「だから違うって、お前頭いいのに、変なとこ鈍感」
塩原が前を向いて、私とまともに目が合った。
私は―――笑っていなかった。
訂正、笑えなかった。
冗談で終わらせてよ。
じゃないと、変なこと、期待しちゃうじゃない。
でも、塩原は『冗談、冗談』とも言わなかったし、私と同じ様に笑顔を浮かべていなくて、至極真剣な表情で私をじっと見つめてきた。



