泣き上戸の春菜を連れて、慎司は新丸ビルの外に出た。
 酔いと夜風が彼女の顔色を少しだけ正気に戻してくれる。

 「……すみません……変な女だと思いましたよね。」

 石畳の上、ヒールの先で小さな水たまりを蹴りながら、春菜がぽつりと漏らす。

 「変じゃなきゃ、会ってない。」

 慎司はわざと軽口を叩く。
 春菜は頬を赤くしたまま、笑うように息を吐いた。

 「……さっきの話、本当なんです。」

 慎司は頷くだけで応えた。
 嘘を嘘と知りながら、煙の奥で炙り出すのが自分の役目だ。

 「……私……全部捨てて楽になりたいんです。
 先生も、学校も、もうやめたい……。」

 春菜が立ち止まり、慎司の腕を掴む。
 指先がかすかに震えていた。

 「高村さん……今夜だけでいいから……忘れさせてください……。」

 目を伏せたまま、春菜の体がそっと慎司に寄り添った。
 体温が、吸い込まれるように胸元に伝わる。

 「……ホテル、行きます……?」

 吐息混じりの声が耳朶をくすぐる。

 慎司の喉が、ごくりと鳴った。
 あと一歩踏み込めば、全部を手に入れられる。

 だが同時に、春菜が隠している嘘の匂いも、皮膚の奥でまだ燻っている。

 「……ホテルより、先にやることがある。」

 慎司は春菜の腰をそっと離し、前を向く。

 「元生徒を締める。そいつを片付けないと、お前も俺も寝れない。」

 春菜の瞳に、微かな理性が戻った。

 「……だめ、私一人で――」

 「無理だ。俺がやる。」

 慎司の声に、春菜は観念したように小さく頷いた。

 スマホの通知が震える。
 見ると、知らない番号からメッセージが届いていた。

 『お前、誰だ。余計なことすんな。』

 元生徒。
 慎司は冷たい笑みを浮かべた。

 ――面倒な女とガキの嘘。
 煙と一緒に全部、鉄板の上で焼いてやる。