「え?」
「一人でこんなに抱え込むのは止めませんか? これ、俺がやっちゃいます」

 優先順位が低い用件として避けてあったものを引き受け、内容へ目を通し始める。

「い、いや、あの、西山君?」
「俺、忠犬っす」
「は?」

 傾げたいのはこちらなのに、彼の方がより傾く。覗き込む姿勢のまま距離をつめ、私の手首を掴もうとした。

「俺は主任に褒めてもらいたい。いい子、いい子って頭を撫でて欲しい。いいっすか?」
「は、はぁ? 何を!」

 反射的にその動作をかわせば、西山君は行き場を失った腕で襟足を掻く。

「あ、ダメ?」

 良いも悪いも話の流れについていけず、口をパクパクさせてしまう。一歩後退りし、彼を迷子のような気持ちで見上げた。彼の狙いが掴めない。

「あはは、シンプルに査定の色を良くしてというお願いですよ〜真に受けないで下さい」
「も、もう! からかうのはよして!」
「だって主任、俺を避けるじゃないですか? プロジェクトのメンバーにしてくれなかったし」
「それは西山君には他にやらなきゃいけない事がーー」

 鼻先に彼の人差し指が立てられる。

「そんな甘いこと言ってたら営業部(ここ)ではやっていけません」

 ごほん、と咳払い。

「吉野主任、いいですか? 使えるものは使うんです。自分の仕事を振り分けるのに罪悪感なんか要らない。何故って? それは即ち仕事だからです〜」

 西山君の口調は何処まで軽口でいいのか伺う慎重さと、会話の主導権を譲らない大胆さを絶妙に配合してある。現に私は彼を遮れない。

「ひとまず、これらの書類は各自へ突っ返します。主任の手を煩わせずとも解決できる事柄ですし」

 申請者のデスクへ用紙を置いていく。

「私から説明をしようと思っていて……」
「時間のム、ダ、で、す。それよりコーヒー飲んで帰りましょう。そろそろ冷めたかな〜」