皆が集まるイタリアンレストランへタクシーで駆け付けた。
 きちんとメイクを施し、背筋を伸ばして下車する私を松永君が迎える。店前にいるのがなんとも彼らしい。

「良さそうなお店ね。手配を任せっぱなしでごめん、大変だったでしょう?」
「いえ、それは構いませんが……ただ、もう先に始めてまして、その」
「うん、分かってる」

 開始予定時刻から三十分過ぎている。松永君も例の噂を知ったのだろう。眼鏡の下の瞳が泳いでいる。
 さて、アルコールが提供された空間であの噂にはどんな尾びれがついているのやら。

「朝峰さんへ注意しました。力及ばず、すいません」
「ありがとう」
「ですから、今行ったらーー」

 構わず中へ入ろうとすると回り込まれた。

「説明したらお暇する。入れて」
「説明など無駄じゃないですか? 下衆の勘繰りを助長するだけです! 吉野さん、経理部へ戻って来て下さい! 今の自分ならーー」

 提案の途中で首を振る。

「無駄でも、皆に信じて貰えなくてもいい。一人に届けばいいの」
「一人って」

 笑顔で頷く。沈黙が少しあり、部屋へ続く茨の道が開放された。
 松永君は松永君で私を庇おうとしてくれたんだ。それも承知している。

「敵に塩を送る気はないですけれど、西山は全く動じてませんでしたよ。自分も吉野さんが不義理をすると思っていません。ただ小佐田部長相手に正攻法は難しい。思い付くのは吉野さんを呼び戻すくらいで」

 眼鏡をクイッと上げる松永君。

「吉野さん、営業部の仕事、楽しいですか?」

 問いに関係構築中の営業部メンバーが次々と浮かぶ。楽しいより苦しいが近い。それから経理部みんなの顔も思い出す。

「信じて貰えなくて良いって言ったものの、やっぱり信じて欲しいかも。一緒に働きたい」

(よし、行こう!)
 気合を入れ、ドアへ手を掛ける。