西山君はもう店に着いたのだろう。賑やかな様子が漏れ伝わり、その場に朝峰さんも居るに違いない。

「泣いてなんてないよ」

 冷や汗で湿った額を拭い、言語をなんとか絞り出す。依然として視界に色が戻らないがもういいや、目を瞑ろう。現実から目を背ける。

「主任、あのーー」
「西山君さ、恋人いるんだって?」

 本当は口にしたくな話題。でも、遅かれ早かれ私と部長の噂を知られてしまう。そうなる前に先手を打ちたいところ。

「……誰に聞いたんすか?」
「朝峰さんが言ってるって聞いた」
「人づてに聞くより本人へ直接聞いて下さい」
「聞いたら正直に話してくれる訳?」
「はい。では先に主任からお願いします。何かありましたよね?」

 畳み掛ける物言いでも目を閉じた効果なのか、私を心から案じているのが伝わる。

「話したら嫌いになるかも」
「それはありえません」
「……どうして断言できるのよ」
「俺は人づてに聞いた話なんか信じません」

 目尻に溜まった雫が頬を撫でて落ちた。
 あぁ、彼はもう知っているのだと悟り、そのうえで電話を掛けてきてくれた事に胸が熱くなる。

「今すぐここへ来て下さい」
「行ける訳ない! どんな顔して行けばいいの?」

 針の筵(むしろ)なのは想像に難しくない。もはや隠しようがない泣き声で言い返せば、あちらはワントーン声音を穏やかにする。

「待ってますので。俺の尊敬する上司が逃げるはずない。そうでしょう?」

 部長との噂を揶揄して、いっそ嫌われてしまおうとした。なのに、そんな言い方されると期待に応えたくなるじゃないか。
 私は西山君に尊敬される主任でもありたい。

 そしてーー