作業が一段落つく頃、定時をとっくに過ぎた部へ戻ってくる人物が現れた。
 彼も私の姿を認識すると目を丸くする。

「吉野主任、休みじゃなかったでしたっけ?」

 お疲れっす、カジュアルな挨拶を加えたのち、通った鼻筋でこちらの事情を嗅ぎ分けようとした。それは営業部のサモエドと親しまれる彼らしい所作で、私はマグカップを掲げて迎え入れる。

「お疲れ様。西山君も飲む?」
「わーいいんですか? やったね! 主任、いつも高そうなのを飲んでいて気になってたんですよ〜」
「インスタントだけど……」
「え、そうなんですか? じゃあ淹れ方がいいんですよ!」

 こういう切り返しをされたら用意しない訳にもいかないだろう。大きな身体を相手の心理へ滑り込ませる会話テクニックは見習いたい。

「あれ、部長は?」
「娘さんの発表会でお休み」
「へー」

 やや間を開け。

「主任も休んでくださいね」
「ありがとう」

 気遣いの意図に気付きつつ、白々しく湯を注ぐ。現状、私がここへ配属され成し得たことはウォーターサーバーを設置したくらい。正直、休んでいる場合ではなく。
 溜息を押し止め、コーヒーの香りを吸い込む。それから席で待つ西山君の元へ向かう。

「君こそ直帰予定じゃなかった? 何かトラブルでも?」
「うーん、トラブルというより」

 紙コップを慎重に受け取り、ふぅふぅと息を吹きかけている。
 仕草がいちいち大袈裟で少年っぽさが残る彼ーー西山和真は営業部のサモエド兼エース、本来ならばチームを率いるはずの人物だ。