床を這う声を笑顔のまま発する、西山君。
 2人は私から離れてなにやら言葉を交わす。少なくとも飲み会について相談をする顔でないのは明白。

「は、狂犬じゃないですか」
「そう思うなら噂の訂正宜しく〜主任に気安く近寄らないで」

 などと話が結ばれ、退出を促された。

「話はつきましたので仕事へ戻りましょう!」
「あまり松永君をいじめないで。彼、頑張り屋なだけだから」
「はいはい、承知しました〜」
「はい、は一回で」
「は〜い」

(はぁ、絶対に承知していないな)

「西山君」
「分かってますって! 主任は俺よりも前の部下が大事なんでしょう?」
「そんな事、一言もいってない」
「言わなくても分かります〜! 俺だって頑張り屋さんなのに」

 このリアクションじゃ、飲み会当日が思いやられるばかり。
 ため息を噛みつつ西山君の背中を追う。行きと違い、歩幅を合わせる気はないらしい。

「止まって。こっちを向いて」

 彼の隠さない不機嫌な態度でますます気が滅入りそう。しかし、俯いていられない。

「クーポンは返しませんけど」

 語気強めの指示に襟足を掻き、ぶっきらぼうながら振り向く。

「そんなに食べたいなら行こうよ」
「え、俺と?」
「他に誰と行くの?」

 眉間に深く刻まれたシワがみるみる解け、西山君は犬歯を覗かせた。

「やった!」

 ガッツポーズし隣へ並んできた。

「ラーメンが好きなのね」
「それだけじゃないって知っているくせに〜主任ってばズルいなぁ」
「知らないよ」

 すげなく返せば、やや間が生まれる。

(流石に冷たかったか?)
 気取られないよう様子を確認しようとしたら、ばっちり目が合う。

「これがご機嫌取りでも幸せです。あ、餃子とチャーハンも付けて下さいね」
「はいはい」
「はい、は一回では?」

 西山君は含みを帯びた視線を寄越し、それから笑顔を弾けさせる。

「は〜い」

 彼の言い方で返事をした。