「部長が騒いでいないのが証拠です! それに表沙汰にしたら相手をもっと傷付けるだけなので」
「……お優しいのね」

 自分でもびっくりする程、低い声が出た。
 彼に非がないにしろ、重大なコンプライアンス違反を報告されなかった事へ無力さが募る。それと同時、必死で弁明する姿に期待しそうになった。
 上司と部下の線引きがぼやけ、西山君の言動や行動に一喜一憂させられる自分はーー明らかに女性だ。

(私だってそこまで鈍くない)
 この局面で女の部分が出てくるなんて失望する。こんな私は嫌い、認められない。

「事の経緯は報告書で下さい。なるべく早く」
「主任、俺は……」

 キッと睨みを利かす。西山君の見えない耳と尻尾が倒れた。

「承知しました。本当に申し訳ありませんでした」
「ううん、私の方こそ気付いてあげられなくてごめん。頼りない上司でごめんね」

 顔を見ずに告げ、経理部へ向かう。可愛くない事を言った自覚はあるが、可愛くある必要性がそもそもない。
 私は彼の上司。それ以上でも以下でもないんだから。

(私は出世を選んだの)
(恋愛、それも社内恋愛に興じている暇などない)
(しかも部下と? それこそセクハラ案件じゃないか)

 カツカツ鳴らすヒールの振動で主任の仮面がズレないよう気を付ける。