結婚が女性の幸せとは言わないけれど、頑張ったり泣きたくなった時に気持ちを分かち合う存在がいてもいいんじゃないか?

 帰りの車内ーー父の言葉が耳に残ったまま。
 行きと違い、西山君は静か。ハンドルを握る横顔を対向車が照らす。整った顔立ちが無表情になると圧迫感がある。

「……あの、穴が開きそうっす」
「あっ! ごめん、つい。西山君、怒ってるのかなぁと」
「いや怒ってる訳じゃなくて、あんまり見詰められると照れます」
「そんなに見てた?」

 信号が赤になり、こちらを向いて頷く。

「主任こそ怒ってますよね? プライベートに踏み込み過ぎてしまったので」
「自覚あるんだ?」
「それは、まぁ、はい」

 襟足をガリガリ掻いて眉を下げる。叱られた大型犬のようだ。

「私もね、怒ってるんじゃないの。上司と部下の関係値で父を見舞って貰うのが適切なのかーー」

 ここまで告げ、言い淀む。頭では不適切と判断しつつ心がそれを否定したがる。

「タイムカードを押したら上司と部下じゃないっすよ」
「でも、こんな所を誰かに見られれば噂を立てられる」
「お互い、単身者ですし良くないです? 同部署っていう部分で懸念されるかもしれない。でも悪い事をしている訳じゃないですよね?」

 西山君は正論を言う。こうして二人で出掛ける事へ後ろめたさを覚えないイコール私を異性と意識していない表れだろうか。

「確かに悪い事はしてないけれど」

 膝上に置いたバッグをギュッと握る。

「ハンバーグ、食って帰りません?」
「ハンバーグ? いきなり何?」
「お腹、空いてないです? 主任、急に元気が無くなっちゃったからエネルギー切れかと」

 空気を変えるのがとても上手。ナビはいつの間にか最寄りのファミレスを案内していていた。