約束の時間から遅れて部署に着くと、西山君が寄ってくる。

「お疲れっす〜コーヒー、飲みます?」
「え、あぁ、ありがとう」
「お礼を言うのはこっちです。主任がウォーターサーバー設置してくれたおかげで、缶コーヒー代が節約できますよ」

 彼はドリンクバーよろしく、様々な飲み物をサーバー近くに買い置きし、誰でも自由に飲めるようにした。西山君らしい心配りだ。

「にしても会議、長引きましたね? プロジェクトに関して何か言われました?」
「ううん、そこは大丈夫ーーあれ」

 いつもと違う香りが漂うマグカップを覗く。

「おっ、分かります? ちょっとお高めのコーヒーなんですよ〜主任スペシャルっす」

 小佐田部長とのやりとりで気分を乱されたが、彼の気遣いで凪いでいく。

「主任スペシャル? ズルくない?」
「ズルくない。これはボーナスの査定を良くして貰う戦略なのだ!」
「えー! あからさま! 主任、気を付けて。こいつ、下心が丸見えですよ」

 などと、周りを巻き込み会話をしてくれる。西山君は常に人の輪の中心にいて、笑顔を絶やさないムードメーカー。最初こそ警戒していたが、皆に好かれるのも納得。

「そうだ、西山君」
「ーーはい?」

 私がボリュームを絞ったのを聞き逃さない。同等の音量で返してくる。 

「冷蔵庫にガトーショコラが入ってるの。良かったら食べて」
「え、あれって俺用だったんすか?」

 流石はサモエド、耳も鼻が良く利く。

「そうだよ。一つは父へ持って行く分だけどね」

 今日は定時に上がり、お見舞いへ行く予定だ。父は来ないでいいと言うがそうもいかない。たった2人きりの家族なのだから。