スローモーションで動作を視認しながら身体が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙。
 ポンポンッと頭を撫でられて爪先から悪寒が湧き上がる。それと同時にドアが開く。
 私は扉に背を向けている格好だ。部長と膝を使わせ、頭を撫でられるシチュエーションがどんな風に映るのか、振り返らずとも理解する。

「キャッ! すすす、すいませんでした!」

 驚きと軽蔑を持って、すぐさま閉まった。

(ーーあの声、経理部の朝峰さんか)
 彼女とは元同部署とあって頭をより痛まされる。こめかみへ手をやり首を横に振れば、部長がにやにやと言葉を足す。

「あの様子だと誤解されてしまったな?」
「私と部長が不適切な関係になるなんてあり得ません!」
「おや、あり得ないと断言していいのか?」

 今度は撫でられたくない。露骨に回避し、椅子を蹴った。

「断言します! 部長は既婚者です。あぁ、娘さんの発表会、いかがでしたか?」
「とても良かったよ。写真、見るかい?」
「……いえ、お写真を拝見するのはまた今度」

 これ以上、話しても時間が勿体ないので一礼し離れる。頭を撫でる行為はセクハラに該当するものの、コンプライアンスの天秤はプロジェクト成功へ傾く。
 兼ねてより小佐田部長のスキンシップは問題になっているし、私が動かなくともいずれ処分が下るはず。

 会議室から退出した足でトイレへ駆け込む。洗面台へ両手をつき、唇を噛んだ。

(私が動かなくともーーなんて卑怯だ)
 しかし、蛇口を捻り水に流してしまう自分の顔は鏡で見られなかった。