このご時世ーー結婚が女性の幸せとは言わないけれど、頑張ったり泣きたくなった時に気持ちを分かち合う存在がいてもいいんじゃないか?
 そんな父の言葉がずっと耳に残っている。



「おはようございます」

 明日まで休暇予定となっていた私が出社すると部内はざわつく。

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。お陰様で父の容体も安定しました」

 表情は崩さず、カツカツとヒールをデスク前まで進めて深く頭を下げた。

「それは良かったです!」

 隅々まで行き渡るボリュームで謝罪したところ、安堵の声が口々にあがって前髪を揺らす。長らく入院している身内が急変したとあっては最悪が過っても仕方がない、か。実際、私も覚悟を迫られた。

「じゃあ、気合を入れ直して頑張りましょう!」

 文字通り前を向く。例のプロジェクトが大詰めを迎える中、責任者である自分が不在じゃ士気に関わるので笑顔を添えて。 
(上手に笑えているだろうか?)
 部下と呼ぶには信頼関係を築けていない面々を伺い、口角をとりわけ意識した。

 さて、数日留守にしただけで机上は書類で山積み。とりあえず1枚手に取れば季節外れの雪崩を起こす。

「吉野主任、こちらの確認も宜しくお願いします」

 散らばったありさまを片付ける間もなく、新たな用紙が差し出される。

「お忙しいと思いますが、今日中にお願いします」

 念を押す態度には棘があり、それを隠そうとしない。このタイミングでの休暇申請に出かけた不満を飲み込むのが精一杯だ。

(確か、彼の奥さん、出産したんだっけ)
 パソコンを開くと真っ先に育児休暇の了承、ついで自分の休暇を訂正しておく。