満月に引き寄せられた恋〜雪花姫とツンデレ副社長〜

数時間後、副社長室に呼び出された。

やっぱり……。

聞かれたのは、瀬川チーフに伝えたのと同じことだった。

私は極力冷静を装いながら、淡々と起きた出来事を説明する。けれど内心は、ぐらぐらと不安に揺れていた。

(ハァ〜、入社早々こんなトラブルを……。それも極秘プロジェクトが関係してる。まさか、この企画から外される? それどころか……、クビになる⁉︎)

怖くて、副社長の顔を見られない。数秒の沈黙さえ、私には永遠のように感じられた。

おもむろに、副社長が口を開く。


「おい、空月……」


いつもの低く落ち着いた声が、今は妙に怖い。私はますます、顔を上げられなくなる。

 
「俺を見ろ。……熊女!」

 
……、へっ?
いま、“熊女”って言った……?
この仕事中に⁉︎

初日の会議以来、私は彼を“副社長”と呼び、
彼も私を“空月”と呼んでいる。それなのに、
あの日、森で熊に遭遇した時に呼ばれた、あの名前。

久しぶりに聞いたそのあだ名に、驚いて顔を上げてしまった。きっと今、私はかなり間抜けな顔をしていたに違いない。

目が合った瞬間、彼はふっと口元を緩めた。
それを、私は見逃さなかった。


「ようやくこっちを見たな。なぜ俯く?
おまえは何も悪くない。堂々としていろ」


その穏やかな声と、優しい眼差しに、胸の奥がふっと軽くなった。

 

副社長は、今後の極秘プロジェクトファイルの管理についても話してくれた。

私のデスクの引き出しには鍵がついている。
これまではそこにファイルやデザイン案を保管していたが、これからはより安全な場所に移すよう、社長と相談するとのことだった。

さらに、副社長が提案してくれた“倉本さん対策”は、フレキシブルタイム制度を私が活用すること。

出社時間を少しずらせば、彼と顔を合わせる時間が減らせる。完璧ではないけれど、それだけでもかなり助かる。

ただしその分、帰宅時間も遅くなる。副社長は、その点を気にしてくれているようだった。

そして、私が会議に出席しない日でも、会議室の隅にある作業デスクを使って仕事をしてもいいと提案してくれた。それなら、倉本さんと同じ部屋にいなくても済む。

最後に、会社から支給されているノートパソコンのパスワードをもっと強固なものに変更するように指示された。

(え〜っ、ただでさえ覚えづらいのに……)

そんな私の気持ちを読んだかのように、彼はサラッとメモを差し出してくる。そこに書かれていたのは──

『kumaotoko』⁉︎


「これなら、おまえでも覚えられるだろう?」

 
ああ、もう……、その言い方!
やっぱりこの人は、熊男だ……!