トーキー

きみがのろのろと僕を見上げた。一瞬だけ嬉しそうな顔をして、それからまた無表情に戻った。
そして、麦茶のグラスを押しいただくように両手で受け取り、中身をゴクゴクと飲んだ。

本当は僕がいなくてもきみは生きていけるのにね。その事実から目をそらし続けても良いかな。一生涯。

こうして観ると、白黒映画にもさまざまな色があると気づく。黒の濃淡。影の濃さと薄さ。悪くないんだね。モノクロ映画って。
「今度、映画を観にいかない?」

きみは聞いているのかいないのか、グラスの底に飲みのこした麦茶を見ていた。茶色が沈んでいた。さまざまな茶色の濃淡が。もっとほかの色も混じりあい、テレビの灯りで光る。アクアリウムみたいに。
この瞬間もきっとデータのことを考えている。
それを「真面目」と言うか「無駄」と言うかで、物語の印象はだいぶ変わるだろう。

ふわっと抱き寄せて、おでこにそっとキスをする。
「僕も今日、あの上司にダメ出しされてさ。参ったよ」と言うのはかんたんだ。今作りだしたその超短編は、きっときみの琴線には触れない。
昨日、僕はあの上司に褒められた。きみは仕事が早くてていねいだね、と。わざわざみんなの前で。
引き合いに出されたきみは無表情だった。殴られつづけて抵抗を諦めた無名のボクサーみたいだ。
立派なパワハラだ。誰がそれを望むのか。誰が幸せになるのか。褒めた本人にだって、あまりにもインスタントな幸せだろう。3分チンして食べてなくなって袋はごみ箱行き。すぐに忘れる。
(言われたほうはいつまでも傷ついたまま)

エンドロールが流れる。どうやらハッピーエンドのようだ。画面のふたりがキスを交わす。やれやれ。