トーキー

きみの目にそれが映っているのかどうか僕にはわからない。ただ、
この瞬間もきみはきっと仕事のことを考え、会社のことを考えている。無表情だが。
この瞬間も、
きみは見やすくわかりやすいデータ作りのことを考えている。画面がとても美しいから。その美しさをどうにか、自分の頭に、肌に、指に取り込もうとしている。指がキーボードを打つようにかすかに動いている。

エアコンをつけていない部屋に、重い蒸し暑さが沈んでいた。
僕は手狭なキッチンで、きみのために冷たい麦茶を用意し、それから居間のエアコンのスイッチを入れた。
ピッ、と言う無作法な音がする。そこで僕は初めて、きみの頬がうっすら濡れているのに気づいた。

(汗なのか涙なのか)

会社だけではなく、この世界に馴染めないきみがいて、きみよりほんのちょっとだけ、この世界が肌に馴染む僕がいる。
「生きづらい」なんてもんじゃないよ。「息がしづらい」略して「いきづらい」。年々この惑星の温度は上がっていっているし、憂うつは頼まなくても向こうからやってくる。その憂うつのほとんどはインターネットがなければ知るよしもないものだが、現代人と名のつく僕たちには、どうにも縁が切りづらい親せきみたいなものだ。本当はなくても生きていけるのにね。

「飲む?」