奥さまが恋に落ちるまで

 夫は、食器を流しまで持っていくと、黒いリュックに弁当箱を入れ、ヘルメットを被る。
「ごちそうさま。僕も、そろそろ行くよ」
「いってらっしゃい」
 クロスバイクで颯爽と走り出す後姿を見送る。
 季節は初夏。この時期の自転車通勤は気持ちよさそうだ。
 と言っても、私は通勤というものをしたことが一度もないのだが。
「さてと⋯⋯私も自分のやるべきことを済ませなくちゃ」
 最近、独り言が増えているかもしれない。

 洗濯物を干し、郵便受けを覗くと、ダイレクトメールの中に1枚のポストカードが混ざっていた。
 それは、中学から大学まで同じ学校だった友人からの出産報告。
 まだ生まれたての赤ちゃんの写真を見て、自分まで嬉しい気持ちになると同時に、友人の殆どが、ここ数年で第一子を出産したばかりだということに気づく。