あの夏、金木犀が揺れた

放課後、校庭の金木犀の木の下に立った。

風が香りを運び、記憶が蘇る。

小学六年の夏、町の夏祭り。

琥太朗と私は、リンゴ飴を手に、屋台の喧騒を抜けて校庭に来た。

金木犀の木の下で、花火が夜空に弾けた。

「コハク、すげえな!見てみろよ!」

琥太朗の目がキラキラしていた。

黒髪が風に揺れ、笑顔が花火より眩しかった。

彼がポケットから紙を取り出し、そっと渡してくれた。

「押し花、作ってみた。コハク、宝物な」

照れた顔で笑う彼に、私はドキドキして「うん」としか言えなかった。

花火の光に照らされた彼の顔を、ずっと忘れないと思った。

「コハク、ずっと友達な。約束」

琥太朗の手が、私のピンクのヘアピンを直してくれた。

「うん、約束」

胸が熱かった。好き、と言えばよかった。

でも、翌朝、彼の家は空っぽだった。

「父親が…急に引っ越すって」

近所のおばさんが呟いた言葉だけが、耳に残った。

押し花だけが、私の手元に残った。