あの夏、金木犀が揺れた

朝の教室に、金木犀の香りがそっと漂った。
校庭の木が陽射しに揺れるたび、甘い匂いが私の心をざわつかせる。

昨日、柊琥太郎に押し花のことを話した。

「まだ持ってるよ」と言った私の声は震えていたけど、彼の目が揺れたのを見逃さなかった。

「コハク」と書かれた紙切れ。

彼が落とした小さな痕跡が、今も胸を熱くする。

琥太郎は今日も隣の席で、窓の外を見ている。

金髪の毛先が揺れ、ピアスが光を跳ね返す。

不良の噂はクラス中に広がり、誰も彼に近づかない。

私も、昨日の勇気の続きを見つけられず、ノートを握りしめる。

でも、筆箱の奥に隠した押し花が、指先に触れるたび、胸が疼く。

小学六年の夏、校庭の金木犀の木の下。

琥太朗が照れながら渡してくれた花びら。

「コハク、宝物な」と笑った彼の顔が、今も焼き付いている。

「雨宮、ぼーっとしてんなよ」

突然の声に、ペンが滑り落ちる。

琥太朗が私を見ている。

その目は冷たいのに、どこか懐かしい。

「…ごめん、考え事してた」

慌てて答えると、彼は「ふん」と鼻を鳴らし、窓の外に目をやった。

でも、その指が机の上で小さく動いている。

嘘をつく時の、昔からの癖。

「琥太朗、昨日、覚えてるって言ったよね。押し花のこと」

言葉が勝手に口をつく。

彼の手がピクリと止まる。

「…しつけえな。忘れろよ、そんなの」

声はぶっきらぼうだけど、目が一瞬、私を捉えた。