あの夏、金木犀が揺れた

彼の背中が教室のドアに消えると、静けさが戻った。

私は机に残された紙切れに気づいた。

琥太郎が弁当を片付ける時、落としたらしい。

そこには、鉛筆で乱暴に書かれた「コハク」の文字。

私の名前。

彼がまだ、覚えてくれている名前。

胸が熱くなり、紙をそっと握りしめた。

放課後、校庭の金木犀の木の下に立った。

風が香りを運び、琥太郎の笑顔が頭に蘇る。

小学六年の夏、校庭で花火を見上げながら、彼が言った。

「コハク、ずっと友達な。約束」

でも、彼は次の日、突然いなくなった。

さよならも、好きも、言えなかった。

あの夏、時間は止まったままだった。

でも、今、君がまた私の隣にいる。

私は筆箱から押し花を取り出し、陽射しにかざした。

薄れた金木犀の花びらが、懐かしい香りを放つ。

「琥太郎」

名前を呟くと、風がそっと髪を揺らした。

この夏、言えなかった言葉を、ちゃんと伝えたい。

君の笑顔を、もう一度見たい。

金木犀が揺れるたび、私の心もまた、動き始めていた。