あの夏、金木犀が揺れた

金木犀の香りが、校庭を甘く包む。

夏の終わり、花びらが風に舞うたび、心がざわめく。

あの夜、琥太朗の涙を見た。

廃倉庫の暗闇で、彼を抱きしめた。

「コハク…ありがとう」

血だらけの顔に、笑顔の片鱗があった。

小四の木の下、小六の押し花、そして今。

君の笑顔が、私の初恋の全てだ。

なのに、君の目を見るたび、心臓がうるさくなる。

好き、という言葉が、喉で震える。

琥太朗は今日、久しぶりに学校に来た。

隣の席で、教科書を開く彼の横顔。

金髪は少し伸び、ピアスが光る。

傷跡は袖に隠れ、目はまだ冷たい。

でも、昨日、警察に不良仲間を告発したと聞いた。

母さんの治療費も、教師や地域の支援で解決の兆しがある。

君は、闇から一歩踏み出した。

私は生徒会のノートを握り、勇気を絞り出す。

「琥太朗…学校、来てくれて、嬉しい」

彼の目が私に止まる。

「…バカ、別に」

ぶっきらぼうな声。

でも、口の端が、ほんの少し上がった。

金木犀の香りが、教室を満たす。

君の笑顔が、近づいている気がした。