あの夏、金木犀が揺れた

担任が「柊、席は雨宮の隣な」と告げると、クラスメイトのざわめきが一層大きくなる。

私の隣。

心臓がまたドクンと鳴った。

琥太郎が無造作にカバンを肩にかけ、長い足でこちらへ歩いてくる。

その足音が、まるで私の心を踏みつけるように響く。

「よ、」

彼はそれだけ言って、椅子にドサリと座った。

金色の毛先が揺れ、ピアスが教室の蛍光灯を反射する。

昔、校庭で一緒に走り回った少年の面影は、どこにもない。

「雨宮、生徒会で忙しいんだろ?俺に構うなよ」

琥太郎の声は低く、刺すように鋭い。

でも、なぜかその声の端に、ほんの少しの躊躇を感じた。

私が答える前に、彼は窓の外に目をやる。

校庭の金木犀の木が、夏の陽射しに揺れている。

あの夏、琥太郎が「コハク、これ」と笑って渡してくれた押し花。

今も私の筆の奥にしまってある。

「…構わないよ」

声が震えた。

彼の目が一瞬、私に戻る。

「なんだよ、それ」

琥太郎の口調はそっけないのに、どこか懐かしい響きがあった。

金木犀の香りが、また胸を締め付ける。

私はノートを握りしめ、思う。

この夏、言えなかった言葉を、ちゃんと伝えたい。