あの夏、金木犀が揺れた

小学四年、六月の校庭。

金木犀の木はまだ花を咲かせず、緑の葉が風に揺れていた。

転校してきたばかりの私は、友達ができず、木の下で本を読んでいた。

「オタク、なに読んでんだよ!」

クラスの男子が本を奪い、笑いながら投げ合う。

涙が溢れそうだった時、元気な声が響いた。

「お前ら、いい加減にしろ!」

黒髪の男の子が走ってきて、男子たちを追い払った。

「泣くなよ!ほら、本」

彼は私の本を拾い、笑顔で差し出した。

目がキラキラして、走る姿がカッコよかった。

「俺、柊琥太朗!お前、名前は?」

「…雨宮、琥珀」

小さな声で答えると、彼はニッと笑った。

「コハク、いい名前じゃん!これからよろしくな!」

その笑顔に、胸がドキッとした。

それから、琥太朗は私を「基地」に誘った。

金木犀の木の下は、私たちの秘密の場所になった。

放課後、木の下で宿題をしたり、近くの川で石投げをしたり。

「コハク、もっと笑えよ!」

彼が私の髪に葉っぱを取ってくれるたび、心が温かくなった。

でも、時々、彼の腕に小さな痣を見つけた。

「親父がうるせえんだ」とポツリ呟く彼に、何も聞けなかった。

ある日、木の下で絵を描いていた私に、琥太朗が言った。

「コハク、絵、すげえな。ずっと描けよな」

その言葉が、初めて誰かを特別だと思うきっかけだった。

好き、と言葉にできなかったけど。