あの夏、金木犀が揺れた

朝の教室に、金木犀の香りが漂う。

校庭の木が陽射しに揺れるたび、甘い匂いが心をそっと包む。

昨日、琥太朗に傘を差し出された。

「濡れるぞ、コハク」と呟いた彼の声が、耳から離れない。

冷たい目と金髪の不良なのに、昔の笑顔が一瞬、重なった。

押し花の記憶が、私をあの夏に引き戻す。

小学六年の夏祭り、校庭の金木犀の木の下。

「コハク、宝物な」と渡された花びら。

でも、そのずっと前、私たちが初めて出会った日も、同じ木の下だった。

琥太朗は今日も隣の席で、教科書を開かず窓の外を見ている。

クラスメイトの視線は、彼のピアスや乱れた制服に集まる。

不良の噂はさらに広がり、教師も彼を遠ざける。

私は生徒会のノートを握り、話しかける勇気を絞り出す。

「琥太朗、昨日の…傘、ありがとう」

彼の目が私に止まる。

「…別に。返せよ、いつか」

ぶっきらぼうな声。でも、口の端がわずかに上がった気がした。

金木犀の香りが、教室を満たす。

あの木の下で、初めて君と話した日のことを、思い出した。