あの夏、金木犀が揺れた

教室の窓から、金木犀の香りが漂ってきた。

夏の終わりを告げる、甘くて切ない匂い。

私はノートに目を落としたまま、胸の奥で何かがざわめくのを感じていた。

あの夏、小学六年のあの夏。あの香りと一緒に、柊琥太郎が消えた。

「転校生、紹介するぞ」

担任の声で顔を上げると、教室の空気が一瞬で変わった。

金髪。ピアス。緩んだ制服に鋭い目つき。不良そのものの少年が、黒板の前に立っていた。

ざわつくクラスメイトの声も、窓の外の蝉の鳴き声も、遠くなる。

彼の目が、私を捉えた。

一瞬、時間が止まったみたいだった。

琥太郎。

私の隣にいつもいた、あの笑顔の少年。

でも、今の彼は笑わない。

ただ、冷たく、どこか寂しげに、私を見つめていた。

金木犀の香りが、胸を締め付ける。

あの夏、言えなかった「さよなら」。

そして、「好き」。

今、目の前にいる彼に、私は何を言えるんだろう。