恋い初める、さゆらぐF値

◆公園の一角

宏人を押し倒している状態の里奈。

里奈モノ『つまり、先輩と』

里奈の目の前には不敵に笑う宏人。

里奈モノ『正面衝突をしてしまった私は』

ぼっと一気に顔が赤くなる里奈。

里奈モノ『キス、しちゃったって、こと!?!?!?!?』

ぐるぐると混乱する里奈。

里奈モノ『ど、どどどしよう!? べつにファーストキスだとか別にき、気にしてないけど。恋人でもない先輩(ひと)とキスは、さすがに、さすがに・・・!!』

パチンと里奈のおでこに軽い衝撃が走る。
ハッとする里奈のおでこはじんわりと赤くなっている。

宏人「いつまで俺のことを押し倒してるつもり?」

くすりと笑みを浮かべる宏人。

里奈「あっ、す、すぐどきま…」
宏人「もしかして、そういうプレイが好き、とか?」

意地悪な表情をしている宏人を見て、からかわれていると気づく里奈。

里奈「っ〜〜〜〜! 違います!!」


◆公園の一角・ベンチにて

パンパンと服についた汚れを落としている宏人。
ベンチにカバンを置いて、カメラの状態をチェックする里奈。

里奈モノ『カメラの動作に問題なし、レンズも傷もついてない。よかった』

ほっとする里奈は、ちらりと宏人の様子を見る。
服の汚れを落とし終わった宏人はベンチに座って、携帯を操作して休んでいる。

里奈モノ『先輩、フツーだ。まるで何事もなかったかのように。え、私が気にし過ぎなの? だって、だって、コレは……』

自分の唇を触る里奈。

里奈モノ『確実にキス、しちゃった、よね?』
宏人「おい」
里奈「ひゃいっ!」

考え事をしていた里奈は、突然、宏人に声をかけられて驚く。

宏人「なに、そんなに驚いてるんだよ」
里奈「べ、別に」
宏人「カメラ、問題なかったか?」
里奈「あ、は、はい。大丈夫です」

ドギマギしながら返事をする里奈。

宏人「じゃあ、撮影再開するか?」
里奈「へ?」
宏人「へ? じゃない。俺はお前が思っているより忙しい人間なんだぞ」

眉を寄せて、難しい表情をしている宏人。
予想していなかった宏人の言葉に里奈は気の抜けた返事をする。

里奈「そう、なんですね?」
里奈モノ『先輩、急に忙しいアピール?』

里奈の反応に、くっと声をこぼして笑う宏人。

宏人「・・・ほんと、お前って変なやつ」
里奈「あー、はい。私、変なんです…って、はぁー!? なんで、そういうことになるんですか!?!?」
宏人「反応も(にぶ)いし」
里奈「すみませんね! 自然豊かな田舎で育ったので、都会の人みたいに()かせかしてないんですっ」
宏人「”人里に下りてきたタヌキ”だもんな」

里奈は自分で言った言葉だったため、言い返すことができない。
ぐっと言葉に詰まった里奈を見て、くくっと楽しそうに笑う宏人。

里奈「・・・先輩、バカにしてますね?」

じと目になる里奈。
里奈の視線をさらりと交わす宏人。

宏人「してない、してない」
里奈「してる言い方です」
宏人「してない。可愛がってる」

まっすぐに里奈を見つめ返す宏人。
真剣な眼差しに感じた里奈はドキリと胸が高鳴る。

里奈「え」
宏人「動物動画って癒されるっていうけど、人に化けたタヌキでも癒されるんだなー」

わしゃわしゃと里奈の頭を雑に撫でる宏人。

里奈「ちょ、ちょちょちょ!?」
宏人「さて。人間界は忙しいんだ。さっさと撮って、人間社会を学ぶんだな」
里奈「もー! そのネタ、引っ張らないでくださいっ!!」


◆里奈の一人暮らしの部屋

ぼすんとベットに倒れこむ里奈。

里奈「あー。疲れたー…」

里奈モノ『あれから、ほぼノンストップで撮影に、ダメだしのオンパレード…体力もメンタルも削られた…』

撮影再開してから解散するまでの内容を浮かべる里奈。

里奈モノ『ていうか。先輩、なんにも言わなかったな』

もぞもぞと体を動かして、カメラを手に取る里奈。
カメラを起動して、液晶モニターで撮影した写真を確認する。

里奈モノ『先輩の切れた唇も、血がすぐに止まったのは良かったけど』

液晶モニターには、腕を組みポージングをしている宏人。

里奈モノ『本当になにもなかったみたい』

がばっと起き上がる里奈。

里奈「え、もしかして、本当に私の妄想だったりする!?」

あわあわと自分自身に対して引く里奈。

里奈「なんか先輩のこと、カッコいいとか言っている人とか耳にして洗脳されてる!? たしかに先輩は世間一般的にはカッコいい、とは思うけれど、被写体(モデル)としても()になる人間だけど。うん、冷静になろう、私!」

混乱している里奈は声に出しながら、これまでの記憶を振り返る。
最後に声を出したときに、ちくりと唇に痛みが走る。

里奈モノ『でも、この痛みは現実なん、だよね』

そっと自分の唇に触れる里奈。

里奈「別にこれは事故だし、ファーストだろうが、セカンドだろうが気にするほどピュアな乙女のつもりはないけど。なんか、もうすこし、言って欲しかったな」

再び、ボフンとベットに寝転がる里奈。

里奈モノ『笑うわけでもなく、怒るわけでもなく、なにも触れないのって…一緒にいた時間を消されちゃったみたいで…なんか嫌だな…』
里奈「・・・嫌ってなに!?」

ハッとする驚愕の声を上げる里奈。

里奈「私は上京してきて、知り合いが少なくて、寂しいんだ。ホームシックになっている。だから、べつにこれは好きとかじゃなくて、親愛的なもの!!」

自分に言い聞かせるように強く言い切る里奈。

里奈モノ『先輩。モテてるだろうし、こういうの気にしてないのは確実だし』
里奈「あーもー。こんなグチャグチャになってるの、私だけ。なんだろうな…ほんと、人間社会むずかしい」


◆撮影スタジオ
撮影スタッフが忙しなく準備をしている。

宏人がスタジオの隅に設置された待機スペースで携帯を眺める。
携帯画面にはタヌキの動画が流れている。

(かい)「タヌキ? ヒロトって動物好きだったけ?」
 海:宏人の読者モデル仲間。ノリが軽くコミュ(りょく)が高い。
宏人「べつに。てか勝手に見るなよ」

しっしと追い払うような仕草をする宏人。
宏人に仕草を気にせず、隣に座る海。

海「他人(ひと)に見られたくないなら、こんなところで見ちゃだめだよー」

軽薄な笑みを浮かべる海。

海「あの宏人が、現場で携帯見るなんてホント珍しいね」
宏人「うるさい」
海「ヒロトの眉間のシワがヤバすぎるー」

ケラケラと笑う海。
顔をそらす宏人。

スタッフ「撮影はじめまーす」

遠くからスタッフに声をかけられる。

海「はいはーい!」
宏人「はい」

スマホをカバンにしまう宏人。

宏人「深い意味なんてない」

ぼそっとつぶやく宏人。