「お母さん行ってくればいいじゃん」
莉子が御椀の味噌汁を飲みながら、横に置いた新聞を指で指す。
10月3日といったらすでにあと半月を切っている。
もうすぐ自分の住む街へ翔太がやって来る…ジリジリとくすぶりだした想いに戸惑いとかすかな喜びが入り混じる。
「でも、もうチケット売り切れてるかもじゃない?だってこの新聞、だいぶ前のでしょ?」
莉子は新聞の日付をチェックして
「まぁ、3ヶ月前くらいの新聞だけど…そんな売れてる人?」
莉子はしれっと失礼な発言をする。
確かに莉子のような若者には「昔の人」という認識だろう。
チケット発売と同時に即完売だったあの頃とは時代も環境も違う。
日にちも差し迫り、こじんまりしたこの街にあるあの会場のキャパを考えるとさすがにもう厳しいだろう。
「きっともうチケット無いよ。」
「そうかなぁ…」
諦めモードの美紗子に首を傾げながら、莉子はマガジンストッカーへ新聞をポイっと放るように投げ置いた。
ある日の土曜、莉子は和也に会いに出掛けて行った。
その日は美紗子の仕事が休みだった。美紗子の仕事は隔週で土曜が休みになる。
莉子が出かけたあと、ふぅっと息を吐きながらソファーに沈みこみ、1人の休日を何から始めようか考えながら、ついていたテレビの情報番組に目をやった。
秋・年末へ向けての旅行特集であった。
「夏が終わるともう年末かぁ」
時の速さを感じながら画面を眺める。
人気観光地をランキングで発表しながら、グルメやスポット、アクティビティなどを足早に紹介した後、
「今、国内海外の旅行はもちろんのこと、最近では宇宙旅行に行かれる人がかなり増えているそうです」
番組レポーターは前置きを語りながら、宇宙旅行をしてきたという裕福そうな男性にインタビューをする。
宇宙旅行の費用は滞在期間が長いと億を超え、事前研修を数カ月受ける必要がある。数時間の旅行であれば2、3日の研修だが、それでも数千万かかるという。燃料費やこれまでの開発で莫大な経費がかかっているため、身近な価格にまで下がる未来は来るのかも疑問だが、何れにせよ一般庶民はまだまだ普通に行ける旅行ではない。
成功し、財を得た者にだけ許される旅行ということだ。
インタビューを受けていた成功者と思われる人は、数時間の宇宙旅行をしてきたそうで、たった数時間に数千万円という大金をはたいても、青く輝く美しい地球の姿は、一生に一度見る価値があると断言できるほど素晴らしかったと熱く語っていた。
「世の中、格差が激しいな…」
生きている次元の違いすぎに美紗子はため息しか出ない。
宇宙旅行の話題の後は、今年のオススメ観光地や穴場スポットを現地ロケをしながら紹介している。
そういえば。美紗子は思い出した。
新しい旅行のジャンルが2年ほど前、公に騒がれたことがあった。
仕組みやメカニズムの謎多い「タイムトラベル」というやつだ。漫画や小説の中だけの話であり、現実ではありえないと誰もが思っていた。
理論的には可能であると、世界中にある有名大学研究室や各国の国家・民間両研究機関のチームが何十年と研究し続けていた。
それが数年前、日米共同研究チームが小規模実験に成功したと発表があった時は大ニュースとなり、連日マスメディアはその話題で持ちきり、世界中大騒ぎとなった。
しかし、構造やその仕組みは、専門家からすると明確な学術的理論がなく、漠然としていると異議や抗議が飛び交ったが、各国国家機密と称して発表はされなかった。
その結果、実はフェイクではないかという噂が出まわり始め、今度は真逆の大騒ぎとなった。
世界が混沌とする中、各関係機関は沈黙を貫き、世の中が鎮静化するまでの間に、極秘で精査認定された世界数都市にある大手旅行会社と提携し、真相は明らかにされないまま「タイムトラベル」という旅行販売を始めたのだった。
多くの者が疑念や不信感を抱き、手を出す者がいるのかいないのか、未だタイムトラベル体験者の情報はメディアに取り上げられることなく闇の中であった。
もう飽きたのか忘れ去られたのか、現在は「あの人は今」のような扱いで、昔起きた事件の1つのような感覚である。
旅行代理店の国内外ツアーのパンフレットが陳列されている棚の片隅にチラシだけがひっそり置いてあるのを見かける現状だ。
美紗子はタイムトラベルにとても興味があった。
あの時あぁしていたらこうしていたら。もう一度やり直したい。そう思うことが誰にでも多々あるはずだ。
タイムトラベルに関して本当は皆、今でも心の何処かで興味深いはずだ。
だが、厳重に情報管理が行われているのか、詳細が謎なだけに様々な憶測や想像が恐怖を伴ってしまう。
真実を知るには、タイムトラベルに実際行くしかない。
これだけテレビ・ラジオ、SNS…と膨大な情報が発信されるメディア社会であるにも関わらず、SNSで検索しても憶測ばかり。ほぼ情報がないのに旅行会社の片隅でひっそりと時間旅行を販売している矛盾。
何か危険を伴う機密事項があるはずだと想像すると、とても一歩を踏み出す勇気が出ない。
もし、自分が行くなら。もう一度ハワイかなぁ…美紗子は思っていた。
家族3人でカイルアビーチで遊んだ時、ビーチを取り巻く全ての自然の美しさに圧倒された。
本当はあの海の水平線に沈む夕陽を見たかった。
オレンジに染まるビーチも間違いなく美しいはずだ。
あの時はまだ小さかった莉子が遊び過ぎて疲れ、眠くてグズったため、明るいうちにホテルに戻ってしまった。
行きたいとこや、やりたいことはたくさんあったが、限られた時間の中では諦めることの方が多かった。
雑誌に載っていたステーキ店。素敵な人気のBAR。人気No.1のアクティビティ…心残りは数え切れない。
しかし現在は円高で、食事代にお土産、物価高でどれも高くて何も買えないとハワイ旅行でぼやく観光客のインタビューをよく見かける。ならば行かなければいいのにと意地悪く思ってしまう。
「タイムトラベルって、どのくらいお金かかるんだろ…そのくらい情報あってもいいのに」
テレビに呟きながら、このまま深くソファに沈みこんでしまいそうな自分に気合を入れるように、両太ももをパンッと勢いよく叩き、反動をつけて立ち上がり、掃除機を片手に取った。
莉子が御椀の味噌汁を飲みながら、横に置いた新聞を指で指す。
10月3日といったらすでにあと半月を切っている。
もうすぐ自分の住む街へ翔太がやって来る…ジリジリとくすぶりだした想いに戸惑いとかすかな喜びが入り混じる。
「でも、もうチケット売り切れてるかもじゃない?だってこの新聞、だいぶ前のでしょ?」
莉子は新聞の日付をチェックして
「まぁ、3ヶ月前くらいの新聞だけど…そんな売れてる人?」
莉子はしれっと失礼な発言をする。
確かに莉子のような若者には「昔の人」という認識だろう。
チケット発売と同時に即完売だったあの頃とは時代も環境も違う。
日にちも差し迫り、こじんまりしたこの街にあるあの会場のキャパを考えるとさすがにもう厳しいだろう。
「きっともうチケット無いよ。」
「そうかなぁ…」
諦めモードの美紗子に首を傾げながら、莉子はマガジンストッカーへ新聞をポイっと放るように投げ置いた。
ある日の土曜、莉子は和也に会いに出掛けて行った。
その日は美紗子の仕事が休みだった。美紗子の仕事は隔週で土曜が休みになる。
莉子が出かけたあと、ふぅっと息を吐きながらソファーに沈みこみ、1人の休日を何から始めようか考えながら、ついていたテレビの情報番組に目をやった。
秋・年末へ向けての旅行特集であった。
「夏が終わるともう年末かぁ」
時の速さを感じながら画面を眺める。
人気観光地をランキングで発表しながら、グルメやスポット、アクティビティなどを足早に紹介した後、
「今、国内海外の旅行はもちろんのこと、最近では宇宙旅行に行かれる人がかなり増えているそうです」
番組レポーターは前置きを語りながら、宇宙旅行をしてきたという裕福そうな男性にインタビューをする。
宇宙旅行の費用は滞在期間が長いと億を超え、事前研修を数カ月受ける必要がある。数時間の旅行であれば2、3日の研修だが、それでも数千万かかるという。燃料費やこれまでの開発で莫大な経費がかかっているため、身近な価格にまで下がる未来は来るのかも疑問だが、何れにせよ一般庶民はまだまだ普通に行ける旅行ではない。
成功し、財を得た者にだけ許される旅行ということだ。
インタビューを受けていた成功者と思われる人は、数時間の宇宙旅行をしてきたそうで、たった数時間に数千万円という大金をはたいても、青く輝く美しい地球の姿は、一生に一度見る価値があると断言できるほど素晴らしかったと熱く語っていた。
「世の中、格差が激しいな…」
生きている次元の違いすぎに美紗子はため息しか出ない。
宇宙旅行の話題の後は、今年のオススメ観光地や穴場スポットを現地ロケをしながら紹介している。
そういえば。美紗子は思い出した。
新しい旅行のジャンルが2年ほど前、公に騒がれたことがあった。
仕組みやメカニズムの謎多い「タイムトラベル」というやつだ。漫画や小説の中だけの話であり、現実ではありえないと誰もが思っていた。
理論的には可能であると、世界中にある有名大学研究室や各国の国家・民間両研究機関のチームが何十年と研究し続けていた。
それが数年前、日米共同研究チームが小規模実験に成功したと発表があった時は大ニュースとなり、連日マスメディアはその話題で持ちきり、世界中大騒ぎとなった。
しかし、構造やその仕組みは、専門家からすると明確な学術的理論がなく、漠然としていると異議や抗議が飛び交ったが、各国国家機密と称して発表はされなかった。
その結果、実はフェイクではないかという噂が出まわり始め、今度は真逆の大騒ぎとなった。
世界が混沌とする中、各関係機関は沈黙を貫き、世の中が鎮静化するまでの間に、極秘で精査認定された世界数都市にある大手旅行会社と提携し、真相は明らかにされないまま「タイムトラベル」という旅行販売を始めたのだった。
多くの者が疑念や不信感を抱き、手を出す者がいるのかいないのか、未だタイムトラベル体験者の情報はメディアに取り上げられることなく闇の中であった。
もう飽きたのか忘れ去られたのか、現在は「あの人は今」のような扱いで、昔起きた事件の1つのような感覚である。
旅行代理店の国内外ツアーのパンフレットが陳列されている棚の片隅にチラシだけがひっそり置いてあるのを見かける現状だ。
美紗子はタイムトラベルにとても興味があった。
あの時あぁしていたらこうしていたら。もう一度やり直したい。そう思うことが誰にでも多々あるはずだ。
タイムトラベルに関して本当は皆、今でも心の何処かで興味深いはずだ。
だが、厳重に情報管理が行われているのか、詳細が謎なだけに様々な憶測や想像が恐怖を伴ってしまう。
真実を知るには、タイムトラベルに実際行くしかない。
これだけテレビ・ラジオ、SNS…と膨大な情報が発信されるメディア社会であるにも関わらず、SNSで検索しても憶測ばかり。ほぼ情報がないのに旅行会社の片隅でひっそりと時間旅行を販売している矛盾。
何か危険を伴う機密事項があるはずだと想像すると、とても一歩を踏み出す勇気が出ない。
もし、自分が行くなら。もう一度ハワイかなぁ…美紗子は思っていた。
家族3人でカイルアビーチで遊んだ時、ビーチを取り巻く全ての自然の美しさに圧倒された。
本当はあの海の水平線に沈む夕陽を見たかった。
オレンジに染まるビーチも間違いなく美しいはずだ。
あの時はまだ小さかった莉子が遊び過ぎて疲れ、眠くてグズったため、明るいうちにホテルに戻ってしまった。
行きたいとこや、やりたいことはたくさんあったが、限られた時間の中では諦めることの方が多かった。
雑誌に載っていたステーキ店。素敵な人気のBAR。人気No.1のアクティビティ…心残りは数え切れない。
しかし現在は円高で、食事代にお土産、物価高でどれも高くて何も買えないとハワイ旅行でぼやく観光客のインタビューをよく見かける。ならば行かなければいいのにと意地悪く思ってしまう。
「タイムトラベルって、どのくらいお金かかるんだろ…そのくらい情報あってもいいのに」
テレビに呟きながら、このまま深くソファに沈みこんでしまいそうな自分に気合を入れるように、両太ももをパンッと勢いよく叩き、反動をつけて立ち上がり、掃除機を片手に取った。

