Someday 〜未来で逢いましょう〜

ところが莉子が幼稚園の年中も半ばを過ぎたある日、突如として美紗子達に不幸が襲った。
和也の勤める会社が製造していた食品に異物混入が発覚、ニュースとなって全国に流れた。
そこから穏やかな生活と夫婦関係は一変してしまった。
和也は昼夜休日問わずの対応、食事も睡眠も、精神的にまともに取れず、美紗子も不安で眠れぬ不安の毎日だった。
周りからの心配もたくさん受けたが、その裏にある好奇の目や誹謗に怯える日々でもあった。
不安の塊の中、頭を抱える和也を励まし、莉子には親の不安を感じさせないよう、笑顔でいつもの日常を送ろうとすることは、美紗子の心に何気ないダメージを少しずつ与えていた。
頑張らなきゃ、しっかりしなきゃという自らにかける圧に押しつぶされそうになっていた。
始めは「大丈夫だ」と言っていた和也も、対応や解決が長引くにつれてどんどん塞ぎ込み、顔付きは重暗く、話しかけづらいオーラを纏い始めた。
結局、和也の努力も虚しく会社は倒産。
和也はその後すぐに再就職を果たしたが、うまくいかずにすぐ辞めてしまった。
その後も再就職をしては数カ月、時にはひと月と持たずに退職を繰り返し、始めは責めるつもりのなかった美紗子も、消えない不安と苛立ちから、いつしか無意識に責めるような言い方をするようになっていた。
2人の口喧嘩は日毎に増えていく。
和也が何度も再就職を繰り返す間に、生活に危機感を抱いた美紗子は近所のスーパーで働き始めた。
莉子の小学校入学が迫る中、毎月の生活費の不足分を僅かな蓄えから補填しながらやり過ごしてきたが、もうそれもできないほど蓄えはゼロに近づいてきていた。
生活は苦しく、夫婦関係も上手くいっていない。
そんな状況を親や友達に相談もできず、和也を責めたて傷つけているであろう自己嫌悪と気不味さ、そしてこの現実から少しでも逃れたいという切望が美紗子を外へと急がせた。
莉子を延長保育に預けなければならない心苦しさを持ちながら、それを振り払うように無心で働き出した。
美紗子とは逆に和也は徐々に外へ出なくなり、険悪な雰囲気は一層増していった。
ある日、美紗子のちょっとした言葉にスイッチが入ったかのように物に当たりだした和也は、食卓の上にあるものを両手で滅茶苦茶にしながら物を投げたり壊して暴れ出した。
その恐怖は、和也に対しての想いが完全に消え去ったことに美紗子がはっきりと気づいてしまった瞬間であった。
物音の大きさに、隣近所の顔見知りな住民達が数人駆けつけて、興奮状態の和也を取り押さえる騒ぎとなった。
大きな音に泣き出す莉子を抱きしめ、なだめながら、この状況に限界を感じた美紗子はとうとう莉子を連れ、実家へと逃げ込んだ。
後日、冷静に話せるよう互いの親の立ち会いのもと話し合いを重ね、2人は離婚。
約8年間の結婚生活は終わった。
あの事件さえなければ、ささやかながらも生活は続いたのかもしれない。
穏やかだった和也をあの事件が全てを変えてしまった。
そのことで、美紗子自身も思いやりや配慮に欠けていたことに気づかされる。
初めは和也の心身の心配をしながらも、いつの間にか生活費の不安が先に立ち始め、まだ幼い莉子を育て守らなければならない責任と不安に怯え、疲れ果てていた和也への配慮を後回しにしてしまった。
温厚だと思っていた和也が美紗子に対して見せる怒り、弱りきった和也の内面が壊れたように荒れた言動を初めて目の当たりにし、いつしか恐怖を抱いて和也を見るようになってしまったことは、トラウマのように簡単に取り除けないものになってしまった。
和也にビクビクしながら生活を継続させることを考えると、その先、笑顔でいられる自分を想像できなかった。
離婚届に判をお互い押し終わった後、美紗子は最後の言葉を和也へ告げた。
「支え切れなくてごめんね」
しばらく沈黙のあと、独り言のように和也は弱々しくつぶやいた。
「色々…ごめん」
喧嘩しながらでも、互いに弱音を吐けたなら。
もっと早くこうして謝ることができたなら。
気休めでも大丈夫、何とかなる!と笑い飛ばせるくらいの余裕が少しでもあったなら。
今、違う未来になっていただろうか。