時間旅行から戻って、季節は秋から冬に変わった。
仕事や家事で淡々と毎日を過ごしていると、あっという間に時は流れ、年が明けている。
翔太のSNSは変わりなく、ライブに関わらず、仕事で全国を飛び回って食べたものや見てきた風景をアップしている。
美紗子の住む白百合地区には、今年のツアーで翔太はライブに来ないが、電車で20分の隣町へ5月に来る。
もちろん、チケットは手配済で由希と行く予定だ。
SNSを見ながら考える。
このDМ機能を使ったら、翔太は反応してくれるのだろうか…。
翔太のアカウントなのだから、もちろん直接見るだろうが、投稿される内容をチェックする事務所の管理者もいるはずだ。
なりすましや詐欺系、ストーカー行為や誹謗中傷を取り締まる中で、美紗子が翔太にメッセージを送っても、非常識で強引なファンとして削除される可能性はとても高いと予想される。
ライブに出向いても、関係者スタッフでもない美紗子が直接翔太に会えるわけがない。
翔太に何か伝えるには、あとはもうアナログな「ファンレター」しか思いつかない。
これすら本人の手に渡るかどうかもわからない。
けれど、DМよりは有効じゃないのかと、美紗子は根拠はなかったがなんとなくそう思えた。
Somedayの歌詞に気づいてから、美紗子はずっと考えていた。
美紗子にとっては数カ月前の出来事だが、翔太にとっては20年も経っている。
人ひとりが成人する時間を、いつまでも美紗子を待っていたなんて考えるのは自惚れもいいとこだ。
あの限られた時間だったからこそ、楽しくて切なく愛おしい気持ちが生まれたのだ。
自分の20年を振り返れば、和也の会社が倒産し、小さな家庭に亀裂が入り、離婚を決め、娘を抱えて暮らしていくために必死に働き始め、一人前になるまでの20年弱、仕事と家事育児を毎日毎日続けてきた。
美紗子には人を好きになる余裕も考えることすらもなかった20年。
少女時代に翔太に熱を上げてその熱が消えた後、20年以上翔太を思い出すことはほぼなかった。
美紗子自身が経験済みだ。
だから、自分のことは忘れないでいてほしいなど、そんな身勝手な考えは自分が許せなくなる。
人は、日々の生活に追われ、目の前のことに向き合っているうちに、味わった様々な感情をどんどん置き去りにして先へ進んでしまう。
悲しいことや嫌な記憶はそのほうがよいと思うが、楽しかった嬉しかった良いことまでも、記憶は曖昧になってしまう。
翔太はどんな20年を送ってきたのだろう。
ファンとしては、定期的にアルバムを出し、ライブツアーやイベントをしてくれることが当たり前のように自分達の生活に取り込んでしまっている。
だが、創り出す側の苦労は、製作期限や閃きなどの生みの苦しみなど、素人に計り知ることはできない。想像もできない。
受け取る側は、そんな苦労や過程をエピソードで明かされない限り、何も知らずに聴いて満足し、また次を待つ。
あの時、翔太が不安を口にしていたことが、あれからも何度もあって、心の葛藤やスランプと闘いながらこの20年を生きてきたかもしれない。
その中でいろんな出会いも翔太にはたくさんあっただろう。
思い出さない時間が少しずつ増え、あの数日間を翔太の長い年月の中に起こったほんの爪の先のような出来事だったと、翔太にとって懐かしい思い出となっているのなら、それでいい。
人の気持ちは少しずつ変化していく方が自然だ。
ただ、あの曲の歌詞に対して、今さらでもそれに気づいた今、返事だけは残しておきたい。
翔太がたとえ気づかなかったとしても、やれることはやっておきたい。
それが美紗子のけじめのようなものである気がした。
ファンクラブから、オンラインライブ配信の通知が来た。
美紗子は入会して初めてのライブ配信になる。
美紗子が入会する前に一度あったらしく、その時は40分程度の短い配信だったらしい。
1週間後の20:00から生配信スタートという通知だ。
割と急であることに驚きながら、配信ならそれもあり得るデジタル時代のありがたさを感じる。
美紗子にとっては旅行以来のリアルタイムな翔太を見ることに、緊張を隠せずソワソワし始めた。
美紗子は1ヶ月ほど前に、翔太の所属事務所宛に手紙を出した。
中身をチェックされても差し支えない内容に努めて書き、20年前のことを覚えているか問うところから始め、お世話になったことへの礼を綴り、今度ライブに行くことを報告して終わりとした、1枚の短い手紙だ。
やはりSNSより手紙のほうがなんとなく信用性は高い気がぬぐえなかった。
文字から伝わるものは必ずある。
手紙は、その人が書く字体と文面から、嘘偽りや欺瞞心はないという誓いを感じ取ることができるような気がする。
印刷文字には表せない人の温もりのような感情の一部を感じられるのは文字のほうが強いと思うのだ。
手紙に願いを掛けた翔太へのレスポンスだった。
美紗子の寝室のベッド上に、莉子が貸してくれたパッドを立て掛けてセッティングし、配信はスタートした。
半月後にスタートするツアー直前のリハーサルスタジオから、翔太がMCをしながらまもなく始まる今年度のツアーに向けてのテーマ発表や、バックバンドのメンバー紹介、グッズの宣伝と、MCが続いていく。
美紗子は時間旅行以来見る、急に老けた翔太に妙な可笑しさを感じながら、画面を見つめた。
ツアーのウォーミングアップ配信だから、歌は本番までのお楽しみに…と翔太が言った途端、こっそり準備していたバックバンドのバスドラムが刻むカウントから前奏が流れ出し、翔太はニヤリと下を向いて笑いながら、ギターを急いで肩から掛け、楽しそうに歌い出した。
いたずらな翔太に、配信を観ているファン達のコメントが嵐のように続いて止まらない。
美紗子も画面の前で手拍子と上半身を揺らしてリズムを取りながら一緒に歌う。
この瞬間はやはりいつも楽しい。
そして、2曲目。
翔太がギターを置き、バックバンド達の前から少し場所移動をして、画面には翔太1人になった。
カフェのようなセットで、テーブルにある小さなトレーにギターピックを置いた。
あれ?…翔太にお礼で渡したサーフボード型のトレーに似ているのは気のせいだろうか。角度が浅くて確認できない。
カウンターチェアに翔太は片足をかけて浅く腰を掛ける。
鍵盤が静かに前奏を奏で、ギターとドラムがその上にふわっと乗せるように音を重ね、翔太のクリスタルボイスが心地よく耳へと流れ出す。
「Someday」だ。
美紗子は口を両手で押さえ、肩が固まる。
画面のコメントは再びすごい速さで流れ出した。
「この曲、ライブでやるの初めてじゃない?」
「ずっとやって欲しいと思ってた」
「ツアーのセトリにも入ってますように」
「超感激!!」
この曲を今までライブで歌っていなかったことを知って美紗子は驚いた。
アップになった画面の翔太の、首元に光るペンダントに目は釘付けになった。
翔太から渡されたペンダントトップのホヌがグリーンオパールで革紐も色違いを着けている。
そしてふと後ろの背景に気づいた。
唄う翔太の後ろの白い壁端に、画面から見切れるギリギリのところに掛けられている2枚の絵が小さく映る。
個展の時に見たあの夕焼けの画、そして…あの肖像画だ。
驚いて両手に取ったパッドを思わず落とし、慌てて拾い上げて指で拡大する。
拡大した画像は少し粗くなり、はっきりとは見えないが、肖像画の方は額縁こそ新しいが、中にある画の紙質は褪せて少し黄ばんでいるのがわかる。
後ろの壁の白さがそれをはっきりと浮き立たせる。
口元を押さえる美紗子の手の上に涙があふれ、滴が画面に何粒も落ちる。
合図は翔太に伝わったのだろう。
仕事や家事で淡々と毎日を過ごしていると、あっという間に時は流れ、年が明けている。
翔太のSNSは変わりなく、ライブに関わらず、仕事で全国を飛び回って食べたものや見てきた風景をアップしている。
美紗子の住む白百合地区には、今年のツアーで翔太はライブに来ないが、電車で20分の隣町へ5月に来る。
もちろん、チケットは手配済で由希と行く予定だ。
SNSを見ながら考える。
このDМ機能を使ったら、翔太は反応してくれるのだろうか…。
翔太のアカウントなのだから、もちろん直接見るだろうが、投稿される内容をチェックする事務所の管理者もいるはずだ。
なりすましや詐欺系、ストーカー行為や誹謗中傷を取り締まる中で、美紗子が翔太にメッセージを送っても、非常識で強引なファンとして削除される可能性はとても高いと予想される。
ライブに出向いても、関係者スタッフでもない美紗子が直接翔太に会えるわけがない。
翔太に何か伝えるには、あとはもうアナログな「ファンレター」しか思いつかない。
これすら本人の手に渡るかどうかもわからない。
けれど、DМよりは有効じゃないのかと、美紗子は根拠はなかったがなんとなくそう思えた。
Somedayの歌詞に気づいてから、美紗子はずっと考えていた。
美紗子にとっては数カ月前の出来事だが、翔太にとっては20年も経っている。
人ひとりが成人する時間を、いつまでも美紗子を待っていたなんて考えるのは自惚れもいいとこだ。
あの限られた時間だったからこそ、楽しくて切なく愛おしい気持ちが生まれたのだ。
自分の20年を振り返れば、和也の会社が倒産し、小さな家庭に亀裂が入り、離婚を決め、娘を抱えて暮らしていくために必死に働き始め、一人前になるまでの20年弱、仕事と家事育児を毎日毎日続けてきた。
美紗子には人を好きになる余裕も考えることすらもなかった20年。
少女時代に翔太に熱を上げてその熱が消えた後、20年以上翔太を思い出すことはほぼなかった。
美紗子自身が経験済みだ。
だから、自分のことは忘れないでいてほしいなど、そんな身勝手な考えは自分が許せなくなる。
人は、日々の生活に追われ、目の前のことに向き合っているうちに、味わった様々な感情をどんどん置き去りにして先へ進んでしまう。
悲しいことや嫌な記憶はそのほうがよいと思うが、楽しかった嬉しかった良いことまでも、記憶は曖昧になってしまう。
翔太はどんな20年を送ってきたのだろう。
ファンとしては、定期的にアルバムを出し、ライブツアーやイベントをしてくれることが当たり前のように自分達の生活に取り込んでしまっている。
だが、創り出す側の苦労は、製作期限や閃きなどの生みの苦しみなど、素人に計り知ることはできない。想像もできない。
受け取る側は、そんな苦労や過程をエピソードで明かされない限り、何も知らずに聴いて満足し、また次を待つ。
あの時、翔太が不安を口にしていたことが、あれからも何度もあって、心の葛藤やスランプと闘いながらこの20年を生きてきたかもしれない。
その中でいろんな出会いも翔太にはたくさんあっただろう。
思い出さない時間が少しずつ増え、あの数日間を翔太の長い年月の中に起こったほんの爪の先のような出来事だったと、翔太にとって懐かしい思い出となっているのなら、それでいい。
人の気持ちは少しずつ変化していく方が自然だ。
ただ、あの曲の歌詞に対して、今さらでもそれに気づいた今、返事だけは残しておきたい。
翔太がたとえ気づかなかったとしても、やれることはやっておきたい。
それが美紗子のけじめのようなものである気がした。
ファンクラブから、オンラインライブ配信の通知が来た。
美紗子は入会して初めてのライブ配信になる。
美紗子が入会する前に一度あったらしく、その時は40分程度の短い配信だったらしい。
1週間後の20:00から生配信スタートという通知だ。
割と急であることに驚きながら、配信ならそれもあり得るデジタル時代のありがたさを感じる。
美紗子にとっては旅行以来のリアルタイムな翔太を見ることに、緊張を隠せずソワソワし始めた。
美紗子は1ヶ月ほど前に、翔太の所属事務所宛に手紙を出した。
中身をチェックされても差し支えない内容に努めて書き、20年前のことを覚えているか問うところから始め、お世話になったことへの礼を綴り、今度ライブに行くことを報告して終わりとした、1枚の短い手紙だ。
やはりSNSより手紙のほうがなんとなく信用性は高い気がぬぐえなかった。
文字から伝わるものは必ずある。
手紙は、その人が書く字体と文面から、嘘偽りや欺瞞心はないという誓いを感じ取ることができるような気がする。
印刷文字には表せない人の温もりのような感情の一部を感じられるのは文字のほうが強いと思うのだ。
手紙に願いを掛けた翔太へのレスポンスだった。
美紗子の寝室のベッド上に、莉子が貸してくれたパッドを立て掛けてセッティングし、配信はスタートした。
半月後にスタートするツアー直前のリハーサルスタジオから、翔太がMCをしながらまもなく始まる今年度のツアーに向けてのテーマ発表や、バックバンドのメンバー紹介、グッズの宣伝と、MCが続いていく。
美紗子は時間旅行以来見る、急に老けた翔太に妙な可笑しさを感じながら、画面を見つめた。
ツアーのウォーミングアップ配信だから、歌は本番までのお楽しみに…と翔太が言った途端、こっそり準備していたバックバンドのバスドラムが刻むカウントから前奏が流れ出し、翔太はニヤリと下を向いて笑いながら、ギターを急いで肩から掛け、楽しそうに歌い出した。
いたずらな翔太に、配信を観ているファン達のコメントが嵐のように続いて止まらない。
美紗子も画面の前で手拍子と上半身を揺らしてリズムを取りながら一緒に歌う。
この瞬間はやはりいつも楽しい。
そして、2曲目。
翔太がギターを置き、バックバンド達の前から少し場所移動をして、画面には翔太1人になった。
カフェのようなセットで、テーブルにある小さなトレーにギターピックを置いた。
あれ?…翔太にお礼で渡したサーフボード型のトレーに似ているのは気のせいだろうか。角度が浅くて確認できない。
カウンターチェアに翔太は片足をかけて浅く腰を掛ける。
鍵盤が静かに前奏を奏で、ギターとドラムがその上にふわっと乗せるように音を重ね、翔太のクリスタルボイスが心地よく耳へと流れ出す。
「Someday」だ。
美紗子は口を両手で押さえ、肩が固まる。
画面のコメントは再びすごい速さで流れ出した。
「この曲、ライブでやるの初めてじゃない?」
「ずっとやって欲しいと思ってた」
「ツアーのセトリにも入ってますように」
「超感激!!」
この曲を今までライブで歌っていなかったことを知って美紗子は驚いた。
アップになった画面の翔太の、首元に光るペンダントに目は釘付けになった。
翔太から渡されたペンダントトップのホヌがグリーンオパールで革紐も色違いを着けている。
そしてふと後ろの背景に気づいた。
唄う翔太の後ろの白い壁端に、画面から見切れるギリギリのところに掛けられている2枚の絵が小さく映る。
個展の時に見たあの夕焼けの画、そして…あの肖像画だ。
驚いて両手に取ったパッドを思わず落とし、慌てて拾い上げて指で拡大する。
拡大した画像は少し粗くなり、はっきりとは見えないが、肖像画の方は額縁こそ新しいが、中にある画の紙質は褪せて少し黄ばんでいるのがわかる。
後ろの壁の白さがそれをはっきりと浮き立たせる。
口元を押さえる美紗子の手の上に涙があふれ、滴が画面に何粒も落ちる。
合図は翔太に伝わったのだろう。

